2017年6月25日日曜日

「而今の会」のオンライン下合せが進んでいます。

6月に入ってから、「而今の会」の「オンライン下合せ」に熱が入ってきています。

詳しくは、「而今の会ブログ」のこちらの記事を御覧ください。


【東版「笹の露」オンライン下合わせ】H29.6.12

【「笹の露」後の手事・オンライン下合せ【演奏動画付き】】H29.6.17

【「笹の露」中歌のオンライン下合せ【演奏動画付】】H29.6.24


これで、中歌から後歌まで、下合せできたことになります。
記事の順と逆になりますが、中歌から順番に動画を曲順に並べてみますので、もしよろしければご覧ください。








最初の師匠が亡くなりました。

私の恩人、尺八を始めるきっかけを作って下さった最初の師匠、都山流尺八の来田笙山師が、平成29年6月23日に亡くなりました。89歳でした。

この方が勧めて下さらなかったら、今の私はありません。この上ない感謝とともに、謹んでご冥福お祈り申し上げます。



写真は、今年4月に訪問した時の写真で、生前最後のご訪問となってしまいました。



24日(土)、お通夜に行ってまいりました。

お通夜の最後に、ご挨拶と献奏をさせていただきました。ご挨拶のために今までの人生を振り返ると、大学の部活、大学時代にお知り合いになったたくさんの方々、関西に移って修行時代に出会った方々、関西移住がきっかけで就職、結婚、妻も大学時代の学生邦楽の知り合い…と、現在の自分の立ち位置のすべての原点が、この尺八を初めて教えてくださった来田先生のおかげであるとあらためて気付き、そのようなご挨拶をさせていただきました。献奏は、来田先生に初めてお習いした古曲で、4月に最後に生前にお会いした時に先生の前で合奏練習をさせていただいた「黒髪」を演奏させていただきました。

25日(日)の葬儀では、冒頭に奥様の箏の御社中や、先生と同門の都山流師範の方々とご一緒に「六段」を、そして葬儀が終わって出棺の前に、ご挨拶と琴古流本曲「真虚霊」の献奏をさせていただきました。「真虚霊」の演奏のために席を立ち、尺八袋を紐解くとき、その紐の結び方、中継ぎの抜き差しの仕方を、初めてのお稽古の日にお習いしたことを思い出しました。23年経った今でも、この二つは来田先生に習った通りに続けています。ご挨拶では、そのことをお話しさせて頂き、まるで昨日のように思い出されること、こうして現在も続けさせて頂いている感謝の気持ちを述べさせて頂きました。「真虚霊」も、気持ちを込めて一生懸命演奏できたと思います。来田先生には安らかに旅立って頂きたいと心からお祈り申し上げると同時に、こうして若い頃から尺八に邁進するチャンスを頂いたことに深く感謝し、尺八界の活性化のために頑張って行きたいと気持ちを新たにしたところです。

2017年6月18日日曜日

「山口籟盟web尺八セミナー」の反応

「インターネット上の尺八講習会」とでもいうべき、「山口籟盟web尺八セミナー」を開講してから、2ヶ月が経ちました。

この間、「無料お試し版」の『黒髪』の閲覧回数は1200回を超え、セミナーの紹介サイトのアクセス数も増えてきました。また、「有料版」の方も8名の方に受講していただきました。「web演奏会」「ジョイントweb演奏会」が、時と場所を超えて琴古流尺八の「演奏」を聴いていただける場であり、ついにはそれがリアルな場での演奏会「而今の会」へと大きく前進してきているのと同時に、時と場を超えた「尺八講習会」の方も、少しずつですが着実に共感してくださる方に琴古流尺八の奏法や面白さをお伝えできてきているのであれば、本当にやりがいのある、ありがたいことであります。





そんな中、嬉しいメールを頂きました。
神奈川県のH様は、「定年退職後に尺八を始められた」とのことですが、たまたまYouTubeで僕の『黒髪』のwebセミナーをご覧下さり、質問のメールを下さいました。その研究熱心さに思わずうれしくなり、メールのやり取りをするなかで、「これは、きっと今の尺八に対するニーズが現れている考え方だ!ぜひブログをご覧のみなさまにもご紹介したい」と感じ、H様の許可を得て、メールの文章を転記させて頂くことにいたしました。ぜひ、ご覧いただけましたら幸いです。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以下、メール本文(お名前はイニシャルに変えております)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

始めまして、Hと申します。
YouTubeで黒髪を検索した時にweb尺八セミナーを知りました。
お言葉に甘えて、幾つか質問をさせて下さい。

①「打改」の説明で〇点は表拍子、ななめ点は裏拍子とありましたが、音名の右側のななめ点は表拍子ではありませんか?表と裏が入れ替わるとも言われましたが「打改」の説明が分かりませんでした。
②黒髪の演奏で譜面に記されていない奏法(メリ込やスリ上げ、装飾音・・・)が使われているように聴こえますが、決まり事のような奏法があるのですか?
③「琴古譜の音符・指使い」資料で全音をカリと書かれていますがどのような意味なのでしょうか?カリは音程を上げる事と理解しています。

定年を過ぎて始めた尺八ですが、これまで竹村皓盟さんのお稽古用CD和することは聴くこと也と譜面を購入して練習をしておりました。
CDには譜面に記されていない音があり、譜面に書かれない決まり事があるように思えます。知る手立てをご存知でしたら教えて下さい。

お忙しいところ恐縮ですが、時間の取れる時で構いません。回答が頂ければ幸いです。宜しくお願いいたします。


H様

こんにちは。
僕の動画を見てくださり、ご質問くださって、とても嬉しく思っております。

さて、ご質問の件ですが、
1、音符の右側の点は表拍、左が裏拍であると同時に、表側だけ見たときに、「大きな表と裏」があると思ってください。別な言い方をすると「右→左→右→左」と、4つ点が進む間に、強弱でいうと「強→弱→中→弱」のような感じがあります。洋楽の4拍子とちょっと似ているかもしれません。ただ、これは普段演奏するときには殆ど意識することはないですし、黒髪は全く意識しなくていい曲だと思います。黒髪で「合いの手」の前に「打ち改め」が来ているのは、おそらく「合いの手」の最初のところがになるようにしたかっただけだと思います。昔の曲なので、どうしてもところどころ数が奇数になったりして整わないのですが、黒髪はそんなに不規則な方ではないです。もっと不規則な曲では、本当に「打ち改め」をしっかり意識しないと、表と裏が入れ替わってしまって、曲がおかしくなるようなものもありますので、ちょっと備考みたいな感じで説明を入れてしまいました。「夕顔」みたいに整っている曲では、本当にキレイに「4の倍数」で旋律が区切れ、「打ち改め」が楽譜中に見当たりません。

2、楽譜に注釈のないメリやスリ上げは、琴古流の伝統的な「アタリ」「スリ」と呼ばれる技法で、楽譜や教則本には載っていません。琴古流では伝統的にこうした「装飾技法」にこだわる芸風であり、その入れ方は修行を重ねる中で会得していくものという認識が強かったようです。また、その入れ方のセンスの良さが、尺八の上手さのうちの一つと認識されてきたのではないかとも思えます。僕自身もパターン化されたマニュアルを教わったのではなく、10年間の修行の中で師匠から曲を習っていく中で、刷り込まれるようにして、また盗むようにして意識的・無意識的にできるようになっていったように思います。ただ、今回、このweb尺八セミナー」を開催するにいたり、やはりこうした技法はパターンごとに整理し、規則性を明らかにしてみたいという思いがあり、全曲セットのバージョンにつけている「特典動画」にはどういう音のパターンのときにどういうアタリやスリが入るかというルールを分析して解説しております。もしご興味がありましたら、受講をご検討くださいましたら幸いでございます。

3、現在は尺八の2大流派のうち、都山流の方が圧倒的に人口が多数ですので、都山流の「メリカリ」の定義が広く流通しているように思います。都山流では、普通の音を「全音」、琴古流でいうメリの音を「半音」、琴古流の中メリを「メリ」といいます。そして、「全音」からアゴをカッて半音上げた音を「カリ」と呼んでいます。これは、都山流が西洋音楽の影響を受けた流派なので、「全音」「半音」という音の認識になったものと思われます

しかし、琴古流では元来、都山の全音を「カリ」都山の半音を「メリ」といいます。「メリハリ」という言葉の語源が「メリカリ」だといいますが、要するにくぐもった暗い音が「メリ」明るく抜けた音が「カリ」なわけですね。尺八はもともと尺八古典本曲を吹くための楽器ですから、「メリ」と「カリ」しかないわけです(琴古流本曲に、ごくまれに「中メリ」が出てきます)。それに対して、明治以降、地歌箏曲と合奏する「外曲」が盛んになると、本曲で使っていたメリカリや指使いの種類だけでは、細かい転調や調弦替えの音が足りなかったわけです。ですから、「中メリ」とか「大カリ」というものが生まれたわけですね。この「大カリ」というのは、ロやチで使いますが、音階上ふつうの(都山の全音、琴古のカリ)ロやチから「さらに」アゴをカッて半音上げた音をムリヤリ生み出した音なんです。昔の尺八はもともと第3孔が今より上にあり、チのピッチが高かったので、本当にチを大カリすれば求める音程まで(リのメリと同じ)上がったんですね(現代管ではムリなので、「リのメリ」で代用)。ですから、チの横に「大カリ」「大カ」などと注釈が書かれていました。しかし、それが次第に省略して「カリ」「カ」だけ書かれたりしたこと、古典本曲をベースに持たない都山流が、琴古流の大カリのことを「カリ」と呼び、その言い方が広まっていったことなどから、琴古流の中でも呼び方が混在するようになってしまったようですね。僕はこういう混在をさけるために、伝統的な「大カリ」の語を使い、都山流でいうところの「全音」を「カリ」と解説しましたが、現在の琴古流でも混在が続いているのが実態といえると思います。


定年を迎えられましてから尺八を始めるに当たりまして、伝統的な技巧や音色を特徴とする琴古流と出会われ、ご熱心に研究していらっしゃるご様子に、琴古流奏者として心から喜ばしくありがたく思っております。ただ、おっしゃいますように、琴古流は近代以前に成立した古い芸系であるだけに、教授方法も演奏技法も画一的な明朗なものが存在していない面があります。ベストなのは親しく教授者のもとでお習いになることだと思いますが、竹村先生(同じ琴古流竹盟社の系統の先生ですね)のCDで研究されているようですし、動画等を探せば現在はかなりの資料がありますので、そういうものをご活用されればたくさんの発見があるように思います。しかし、もしお近くにいい先生がおられましたら、入門して基礎から正確にお習いになるのもいいと思います。どうぞ今後とも琴古流尺八を楽しまれ、充実した音楽活動をなさいますよう、心よりお祈り申し上げております。



早速の丁寧なご回答に感じ入りました。ありがとうございます。

「琴古流の装飾技法解説」は是非とも見たいと思います。

YouTubeでの「web尺八セミナー」は独習に最善な方法と思います。
これに、譜面を指しながらの唱譜映像が加われば、調子の取り方・流れがもっと掴みやすくなるので欲しいところです。

尺八は音色が好きで手にしました。ポピュラーな曲を楽しんでいますが、古典本曲・三曲に関心を持ち始めてから、流派や会派の違いによる音名や装飾技法のややっこしさに困惑しています。年も年ですので、古典本曲・三曲は幾つかの曲をそれなりに吹ければ良いと思っています。

尺八愛好者が広がって行くことを願い、更なるご活躍を期待しています。


※注:このメールを頂いた時に、同時に「web尺八セミナー」の受講を申し込んで下さいました。


こちらこそご丁寧な返信、およびweb尺八セミナーの受講をどうもありがとうございます。映像および楽譜へのリンクのURLメールは無事届きましたでしょうか。

各曲とも、「黒髪」と同じく、演奏動画と楽譜の映像を並べております。「唱譜しながら楽譜の映像」の方がいいかなと作成時にも思ったのですが、それだとどうしても1本ごとの映像が長くなってしまう(1本1時間半くらいになる)ため、演奏しながら楽譜を指し示していく方法といたしました。ご参考になれば幸いです。

セミナーの内容は、基礎的なところからかなりマニアックな難しめの内容まで、通常の尺八教室では触れないような中身も入れています。これは、教室だと「曲数を重ねながら、段階に応じて少しずつ解説をステップアップ」ができるのですが、こういうweb上のセミナーだとその映像1時間程度で、すべての要素を入れないと、その1映像きりの講習チャンスとなってしまうからです。ですので、すんなりご理解いただけるところと、1回では中々理解しにくいところがあるかもしれません。そういうところは遠慮なくご質問くださったり、何回も見ていただければと思います。繰り返し見ることができるのは「動画」の利点だと思います。


情報化社会の現代は、価値観もニーズも多種多様であり、そんな中尺八、特に古典の三曲合奏や本曲などに興味を持って下さったのは本当に嬉しいことです。「伝統芸能」ということで、これまで「入門」とか「古来の師弟関係・しきたり」とか、敷居の高さがあったのですが、僕はこうした日本の純邦楽も、アイリッシュやフォルクローレみたいに純粋に「民族音楽」として楽しめるものになってほしいと願っています。H様がおっしゃるように、「古曲のレパートリーは数曲で楽しめればいい」という需要も少なからずあるはずだと思います。そうしたニーズに、当方のwebセミナーがお答えすることができるならば、大変光栄なことです。今回のwebセミナーは、そうした視点からも、初傳の中でも特に有名な人気曲5曲をセレクトし、琴古流で最も標準的な「青譜」に準じた楽譜の奏法にしておりますので、ご期待に添えれば嬉しいです。


それから、もしよろしければ、web尺八セミナーのホームページに、「受講された方のご感想」というコーナーがあるのですが、こちらにこのメールのやり取り(黒髪のご質問とそのお答え、それから先ほど頂いたメールの受講理由等)を抜粋(注:結局、「全文」の掲載をお願いしてしまいました)して掲載させて頂けませんでしょうか。おそらく、H様と似たような思いを持っておられる方は少なくないように思います。僕は伝統的な修行期間を通して尺八奏法を学んできましたが、今日の純邦楽の人口減を見るにつけ、もう旧来の敷居の高い教授法方・演奏会の形式のみでは、邦楽界の閉塞感は打破できないと考えております。そのため、web尺八セミナーもそうですが、ネット上の演奏公開や、遠隔地同士の和楽器奏者による「オンラインの共演」などにも力を入れています。またこの夏、その「オンラインの共演」が現実の演奏会となり、長野で演奏会も行います(「而今の会」)。現在は「価値観への共感」が大切な時代であり、そのための情報発信は積極的に行っていきたいと考えております。ご本名はイニシャル等に変えてふせますし、抜粋した後の文章は一度目を通していただき、ご了承を頂いてからアップします。何とぞご検討くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

長文となりましたが、まずはこのたびはどうもありがとうございました。取り急ぎ御礼申し上げます。



web尺八セミナーの楽譜を印刷しました。
手元に六段、千鳥の曲、八千代獅子の譜面がありますが、ダウンロードした譜面は山口籟盟さんが作成されたのですね。完成度の高さに驚いています。映像はまだ見ていませんが期待が膨らんでいます。

「受講された方のご感想」に使える部分がありましたら使って下さい。応援したいです。

尺八の演奏形態には三曲合奏、独奏、尺八だけの合奏、西洋楽器との合奏等、好みや許される環境や条件で様々だと思います。にも拘わらず、これらの思いに応える教授方法の遅れが、尺八愛好者が広がらない要因としてあると思います。

邦楽や古典本曲は日頃、耳にしないので尺八に関心を持つ機会は殆どありません。歌謡曲が邦楽だと思っている人も多いと聞いていますし、尺八は「首振り3年コロ8年」息切れで目まいをしても音が出せない楽器という語り草も良く聞きます。

一方、尺八でポピュラー音楽を演奏していると、尺八の音を始めて生で聴きました。ポピュラー音楽に使えるのですね。音色が良いですね。とか、尺八に興味を持つ人もいます。尺八の音色は人の心に何かを響かせるのだと思います。楽器としてもっと手軽に楽しめる環境ができればと願っています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以上、メール本文〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


H様、掲載のお許しをいただき、本当にありがとうございました。
きっと、これをご覧になった多くの方が共感してくださるのではないかと思います。
そうした思いに、微力ながら少しでもお応えしていくことで、尺八界の活性化に貢献していきたいと考えております。
今後とも、自分なりに価値観の提案や情報発信を積極的に継続していきたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

【山口籟盟web尺八セミナーの詳細はこちら!!】

2017年6月1日木曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「巣鶴鈴慕」

32回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(20)「巣鶴鈴慕」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち20曲め、表の曲の最後を飾るのが「巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ)」です。「琴古手帳」によれば、京都宇治吸江庵にて龍安より下総一月寺の御本則小嶋丈助(残水)が伝来し、同人から琴古が伝承したということです。かつては「鶴の巣籠(つるのすごもり)」と称したようですが、琴古の高弟・宮地一閑の一門(一閑流)において「巣鶴鈴慕」と称すようになり、のちに豊田古童が一閑・琴古両流の流れを受け継いだ関係で、それ以降の琴古流においては「巣鶴鈴慕」と呼ばれるようになったということです。

「鶴の巣籠」とは、尺八本曲、さらには胡弓の本曲としても有名な楽曲であり、地域ごとに様々な伝承が伝わっています。「焼け野の雉子(きぎす)、夜の鶴」という言葉があり、これは「野を焼かれるときに雉(きじ)の親は身の危険をかまわず子を助けようとするし、寒い夜、巣篭もっている鶴は、自分を忘れて子を暖めるためにその翼で覆うものである」つまり親の子に対する深い愛情を意味するものだそうです。「夫婦愛」を描いた「鹿の遠音」とともに、「親子の愛情」を表現したこの「鶴の巣籠(琴古流では「巣鶴鈴慕」)は、普化宗の禅味を帯びた宗教的楽曲の多い尺八古典本曲の中でもとりわけ表現的技巧に富み、名曲と称されることが多いように思います。江戸時代から「尺八の曲といえば鶴の巣籠」というイメージを持たれるほどに有名だったようで、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」九段目で、加古川本蔵が虚無僧姿で登場して吹くことでも有名です。

琴古流の「巣鶴鈴慕」は十二段から成り、鶴の巣づくり、子育て、親子の情愛、そして子の巣立ちまでを描いています。曲調の特色としては、1・2孔を交互に開閉してトレモロのような音を出す「コロコロ」、喉仏でフラッターのように小刻みの音を立てる「玉音(たまね)」などが羽ばたきや鶴の鳴き声を表現するほか、この曲にしかない独特の指使いやアタリ、連続音の指使いなどが多数あり、36曲ある琴古流本曲の中でも特に高度な技巧を要する難曲とされています。また、この曲は琴古流尺八の人間国宝で竹盟社宗家であった故・山口五郎師の「十八番」としても有名で、昭和52年(1977)に米国無人惑星探査機「ボイジャー2号」に搭載された、いわゆる「ゴールドディスク(「地球の音」を宇宙に向けて発信した純金製のレコード)」に、「日本を代表する音」として五郎先生の演奏された「巣鶴鈴慕」が収録されています。竹盟社の琴古流尺八演奏家としても、特に「巣鶴鈴慕」は会派の誇りとする代表的楽曲であると同時に、演奏するのに大変気が張る曲でもあります。

「巣鶴鈴慕」は同一フレーズの繰り返しが多く、大体どの旋律も3回の繰り返しが譜面に指事されています。ただ、実際の演奏ではそうした繰り返しは省略することが多く、もし省略した場合でも十二段すべての旋律を演奏するとなると20分以上の時間を要します。私が師匠からお習いした際は、この「3回繰り返し」を省略し、全十二段を通す「23分バージョン」と、十二段すべてを演奏するわけではないものの、主な旋律や曲の聴きどころを中心に抜粋した「13分バージョン」の二通りをお習いしました。今回は後者の「13分バージョン」の演奏(実際の演奏にかかったのは12分と少々)をお届けいたします。難曲ゆえ、全ての旋律が完全な理想通りの仕上がりとまでは言えませんが、現段階での自分の力で演奏した「巣鶴鈴慕」ということで、お聴きいただければありがたいです。

なお、この「巣鶴鈴慕」で琴古流本曲の「表の曲」が全て終了します。20ヶ月をかけて、琴古流本曲の表の曲を全て演奏公開することができましたのも、聴いてくださる皆様のおかげと心より感謝申し上げます。

それから、この「巣鶴鈴慕」のあと、私、山口籟盟の「web演奏会」は、しばらくお休みを頂きます。「web演奏会」名義の動画が32本、「ジョイントweb演奏会」や、その他のライブなどの動画も含めると50本程度の動画を公開させて頂くことができましたが、「而今の会」の準備が本格化してきたことと、ちょっと一度「オフ」にすることで、しばらく自分の演奏と動画との関わり方を見直してみたいと考えております。これまで長らくの「動画での演奏会」のご愛顧、本当にどうもありがとうございました!!





「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年5月27日土曜日

「而今の会」メンバー3名の「素顔」記事リレー

「而今の会」ブログで、4月末~5月にかけて、メンバー3人の「素顔」にせまる記事リレーを掲載しました。

「而今の会の3人って、一体どんな人たちなんだろう
そんな風に興味を持っていただいた方には、その一端をご覧いただけるかもしれません。

どうぞ、ご覧ください。


・東啓次郎さん


・山口籟盟


・大庫こずえさん


2017年5月14日日曜日

筑前琵琶の石橋旭姫さんとの共演、再び!

筑前琵琶の石橋旭姫さんとご一緒に、JAPAN TRIODE MEETING FUKUOKAという、世界的なオーディオ・イベントにて演奏させていただきました。

大正8年の建築だというご本堂は、本当に「日本建築ならではの、和楽器本来の響きが味わえる空間」であり、素晴らしいものでした。

今回は世界でも指折りのオーディオ・マニアの方々の前での演奏ということで、照明もほぼろうそくの明かりのみで、かつての日本で純邦楽を奏でていたであろう空間を再現しての演奏でした。海外の方が非常に多かったですが、とても熱心に演奏を聴いてくださり、演奏終了後には琵琶にも尺八にも人だかりができて、熱心に質問をしたり楽器に触れてみたり、演奏の感想を熱く語ってくださったりと、心から「ここで演奏してよかったなぁ!」と思いました。

石橋さん、そして演奏機会をくださったJTM主催の皆様、本当にどうもありがとうございました。

 

2017年5月13日土曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「鈴慕流」

31回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(19)「鈴慕流」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち19曲めは、「鈴慕流(れいぼながし)」です。「琴古手帳」によれば、一月寺御本則橋本半蔵(左文)より傳来した曲で、そのときに「葦草鈴慕」を懇望されたので、勇虎尊師に届けた上で交換伝授を行ったということです。

琴古流以外の古典本曲の伝承の中には「流し鈴慕」という曲名も聞きます。同一曲かどうかは詳しく分かりませんが、古来、虚無僧の托鉢行脚の際に吹き流して歩いた曲かと思われます。「鈴慕」という曲名は、普化宗においては「普化禅師の鐸(大きな『鈴』)の音を『慕』って、弟子の張伯が普化尺八の原型の竹笛を吹いて付き従った」という故事から来たものとされていますが、その語源が真実であるならば、漢文の文字列(動詞が目的語の前に来る)からして「慕(レ)鈴」となるべきはずであり、実際には「れんぼ(恋慕)」という一節切の曲にそうした伝説を結びつけた、後付けの当て字と解釈すべきものであるようです。ただ、この「鈴慕」が名前に含まれる琴古流本曲・古典本曲は実に数が多く、もともとは「虚無僧が托鉢で吹き流す曲」というニュアンスを持つタイトルだったのが、「巣鶴鈴慕(琴古流における「鶴の巣籠」の改名されたもの)」のように単に「尺八の曲」というだけの意味を持つ接尾語みたいに使われるようにもなり、これが「〇〇鈴慕」という楽曲が爆発的に増えた原因なのではないかと考えられます。「むかいぢはれんぼの和名」と記す古書もあることから、一番最初は「霧海篪=鈴慕」であったとする説も聞いたことがあり、それが事実であるとすると琴古流における古伝三曲の1曲目が「霧海篪鈴慕」というタイトルであるのは、非常に歴史的にも的を得た題名であるように思えます。また、確かにこの「鈴慕流」も「霧海篪鈴慕」と共通する旋律形(「ヒゝゝゝゝ…」の多用など)は感じられますので、元をたどると「霧海篪」と関係する楽曲なのかもしれません。現在では「古伝三曲」として重く扱われる「霧海篪」ですが、昔は本曲は「霧海篪鈴慕」「虚空」から習っていた(琴古流本曲の曲順においても、かつては最初の楽曲であった)という話も聞いたことがありますし、そうであるならば、「尺八で最初に習う曲=鈴慕」ということで、その後に習う多くの楽曲が派生形としての「〇〇鈴慕」であるというのも首肯できます。…小難しい話がいろいろと出ましたが、まあいずれにせよ「〇〇鈴慕」という楽曲が数が多く、どれも虚無僧が托鉢時に「吹き流した」という性質を受け継いだものであるということからすれば「鈴慕流」という楽曲名は、そうした「鈴慕」たちの中でも、かつての本質をより濃く残す1曲なのかもしれません。

ちなみに、web演奏会「10分で琴古流本曲」シリーズのアクセス数を見ると、「琴古流本曲の10分程度の抜粋」という同一条件ながら、やはり楽曲ごとに人気の差があるようで、ここ最近にアップした曲の中では「葦草鈴慕」はやはり「楽曲がいい」というご評価を頂いたというか、実際にアクセス数も他の曲より多めだったり、「いい演奏でした」という暖かいコメントもいつもよりも沢山頂いたように感じました。その「葦草鈴慕」を橋本半蔵に「懇望」されて初代琴古が伝授したというのも、平成の現代のネット上の演奏結果からみても「なるほど!」と思うものであると同時に、この「鈴慕流」も演奏してみると確かに独特の趣があり「いい曲だなぁ~」と感じるものであります。琴古流本曲の中でも人気曲の方であり、NHKラジオなどでも時々取り上げられています。「流す」という語感が当てはまるような「レーゝー、ツメ~レーゝー、ツメ~レー、ヘー」という旋律形があり、個人的にも大変気に入っています。この「10分で琴古流本曲」という取り組みを始めたきっかけが、「琴古流本曲の受ける不当に低い評価を少しでも改善したい」という思いがあったわけですが、まさにこの取り組みの結果、こうした傾向が浮上したということはとても嬉しいことであり、やりがいを感じた次第でありまして、いつも動画をご覧いただいているみなさまには心より感謝申し上げると同時に、今回の「鈴慕流」もぜひご視聴くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。



「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年5月5日金曜日

アゴあたりのすべり防止には、ベビーパウダー

暑い季節が近づいてきましたね。

この季節が来ると、僕の心配事は
「アゴあたりがズルズルすべること」
です。

冬は乾燥肌、夏は汗っかき…
困っています。


今日も、「笹の露」「残月」といった長い曲を練習すると、アゴのところに汗がにじみ始め…


…と、たまたま思いついたのが、
「アゴあたりにベビーパウダーを塗ると解決するのでは!?」
という思いつきなのです。



なぜ「ベビーパウダー」を持っているかというと、実は尺八とは完全に別件で、クルマのメンテナンスに使用するために最近購入していたのです。

そのメンテナンスというのは、こちら

レガシィのダッシュボードが、経年変化でべたつき始めたので、半信半疑ながらこの通りにやってみたのでした。ちなみに、こちらの方は本当にうまくいったので、ブログでレポートしなければ…と思いながら、そのままになっていたんですが…



話を戻しまして、で、尺八のズルズルすべりに効果があったかというと、ありました!!


汗がにじみ出て、普段だったら「こりゃ、やばい!」というレベルになる、額の汗、首筋の汗が気になるレベルになっても、アゴあたりだけは嘘のようにいつもの通りです。

これは、個人的に非常に大発見でした。

どのくらいの量を、どのタイミングで塗れば適切なのか、といったあたりはこれから研究を要しますが。尺八のアゴあたりにベビーパウダーが着くのが気にはなりますが、とりあえず夏の汗かきシーズンを無事乗り越えられるのであれば、有力な対策法が見つかったと言えそうです。また、詳しく使用方法が固まりましたら、続編のレポートをさせていただきます!

2017年5月3日水曜日

今日で5年目

吹料である、利道道仁銘の八寸管が手元に来て、ついに5年を迎えました。


※本日5年目を迎えた利道道仁銘八寸管


※吹き始めた当初の写真


吹料(ふきりょう)とは、「その竹で尺八家として身を立てていく楽器」というようなニュアンスの言葉で、琴古流において愛管・メインの尺八(特に八寸管)を呼ぶ時に使います。この言葉の詳しい成立過程は存じませんが、雰囲気的には虚無僧がその竹を吹いて托鉢し生きる糧を得るとか、尺八のお師匠がその竹で教授活動や演奏活動を行なって生計を立てていくとか、そんなフィーリングです。例えば山口五郎先生のあの焦げ茶色の曲管、あの五郎先生の「身体の一部」であるかのような存在感、まさに琴古の「吹料」という言葉の代表格のような竹だと思います。



5年前の53日、ゴールデンウィークの初日は、関西から郷里・福岡に転勤して最初の年でした。息子が生まれる直前で、妻は里帰りしており、僕はひとり愛車・レガシィに乗って阿蘇の利道さん宅までウキウキしながらアクセルを踏んでいました。何だかとても昔のことのような、しかしまた割と最近の事のような気がします。


あれから5年、前よりは少し色がつき、上管の中継ぎ部分にヒビが入ったので利道さんご本人に一巻き修理していただいた以外は特にノントラブルで今日までたくさんの演奏を重ねることができました。「古管」ではないのですが、僕自身が「九州の竹の音色」を感じながら、自分の楽器として琴古流尺八の演奏をしていく上で、とても自分に似合った竹だと思います。特に「リ」の音色が気に入っていて、これは吹き始めた時から僕の中で大きなポイントの一つです。琴古の竹は、乙のロばかりがビンビン鳴るようにはなっておらず、レとか、リとか、それぞれがしっかりとした音色のキャラクターを持つようにバランスよく作ってあると聞いたことがありますが、まさにそんな感じです。本曲の特殊な手も全てきちんと出ます。現代管の中には、ピッチや鳴りを重視した調律を優先することで、かなり特殊な本曲独特の指使いは鳴らなくなってしまっている尺八も多いのです。



利道さんは残念なことに数年前に亡くなってしまわれましたが、この尺八を大切に演奏し続け、その音色をこれからもたくさんの方に届けて行きたいです。自分が老いた時に、焦げ茶色の「古管」になっているのを目指します。

2017年4月29日土曜日

「地歌箏曲を楽しむ」とは

三曲界に身を置いていると、「古曲」「古典」という言い方をよく耳にします。



いわゆる「地歌箏曲」を「古曲」「古典」と呼ぶようになったのは、もちろんその対義語としての「新日本音楽」「新邦楽」「現代邦楽」が出現したからというのも理由の一つでしょうが、その呼び名のニュアンスからして「伝統的で正当なもの」「崩したりよそに漏らしたりしてはいけない伝承曲」あるいは「昔の古臭い面白くない曲」というような、様々な思いが含まれている言葉のように感じています。

僕自身は「古曲」「古典」という言い方は個人的にあまり好きではなく、基本的に「地歌箏曲」とか「三曲合奏」とか呼ぶようにしています。それは上記のような付随するニュアンス抜きに、単純に「そういうジャンルの一つの音楽」として捉えたいからです。そして僕はこの「地歌箏曲」がとても好きで、尺八奏者としてのレパートリーの中では琴古流本曲とともに「琴古流尺八の両輪」として大切に演奏していますし、音楽として楽しんでいます。



さて、この「地歌箏曲」が今後どうなっていくのか、もっと言うと音楽としてこれからの時代生き残っていくのかということを考えてみると、正直結構つらいのではないか…と予想されます。

理由なんですが、音楽的に考えてみると、まず1曲の長さが人間本来の集中力を大きく超えるほど長い。短い「六段」や「八千代獅子」でも10分弱はかかりますし、「八重衣」などは30分弱。シングルレコードの1曲は3分程度、これが通常一般の人間が特別な訓練なしに1曲を集中して聴ける時間なんだそうですね。クラシックの中でも、バロック時代の楽曲からモーツァルトくらいまでは、1曲の区切りが結構短い(短い区切りがかなり何曲も続いて1曲のまとまりになってはいますが)。王侯貴族が聴いて楽しんだり自分が演奏したりするために作っていた楽曲は、やはり「人間本来の集中力」を大きく逸脱していないわけですね。

それが、クラシックの世界でも、ロマン派以降はどんどん1曲の長さが長くなっていき、マーラーに至っては交響曲の長さが1時間を超えたりします。これは音楽の楽しみ方が「オトナの背伸びした教養」的な要素が強くなってきたこととも関係しているのではないでしょうか。ブラックのコーヒーとか、ビールの苦みとか、もちろん「味覚」として純粋に好きな人も元来いる(僕自身も両方好きです)でしょうが、「オトナの味覚」に憧れてというか、そういうのが「カッコイイ」「ステイタス」みたいな感じで、最初は苦手なのを「慣らしていって」好きになるみたいな要素があるじゃないですか。クラシックも地歌箏曲も、そういうところがあるんじゃないかと思うんですよね。ジャズにもそういう要素があるそうで、ネット上でジャズ・ギタリストが話題にされていたブログ記事も読んだことがあります。


しかし、インターネットが普及する前の情報量が限られていた時代と違って、今はあふれるくらいの情報量、音楽一つとってもあらゆるジャンルの楽曲や演奏動画がYouTubeで視聴できるというこの昨今、人々はみんな「カッコつけ」なくなり、みんな自分の価値観に正直ですよね。「いいものはいい」「つまらないものはつまらない」。あえて、初期のガマン時期を乗り越えてまで、人間本来の集中力を大幅に超過する音楽だけを追い求めなくても、本当にたくさんの選択肢があり、心に響く音楽を見つけることができます。「ストイックがカッコイイ」みたいな感じが終焉したとも言えるのではないでしょうか。




さて、話を「地歌箏曲」に戻しますが、なぜこうした音楽が成立し今日まで伝承されてきたかを考えると、「流派」や「社中制度」に支えられた「教授産業(邦星堂・大橋鯛山氏の語)」だったから、というのが現在まで色々調べたり考えたりしてきた僕の最終的な結論です。

ヨーロッパでは、音楽家や画家などが生きていくのを支えたのがパトロンだったそうですね。ケタ違いの巨大な富を持つ諸侯や貴族が、自分の勢力や教養を誇示するのも込みで、お気に入りの芸術家を抱えていた。モーツァルトが幼い頃からあちこち旅したのも、そうした抱えてくれるパトロンを探すためだったようですね。しかし、日本ではその代わりに「家元制度」が発達した。これは、トップのお家元(芸術家)を、複数の支持者(社中内のお弟子さんたち)が支える、いわば「日本版・分担方式のパトロン制度」と言えるというような説明を耳にしたことがあり、僕がこれまで色々調べた中でもっとも納得のいく説明でした(出典は失念してしまいました)。そうすると、「師匠が弟子に芸を伝授」するという体制の維持が、家元制度の維持(芸術家の生計の維持)に直結する。すると、楽曲は奥に行けば行くほど長く、難しくなり「永遠に勉強」方式となる。また、「芸を他に漏らす」ということは上記の体制維持にとって死活問題ともなりうるので、「流派内の囲い込み」も起こる。邦星堂和楽器店で尺八制作をされている大橋鯛山氏のブログで「教授産業」と表現されていますが、まさに地歌箏曲はこうした「家元制度」「社中制度」「教授産業」とセットで、これまで生き残ってきたわけですよね。だから、正直イマイチ良さを感じていなくても「古曲」「古典」などの語で一定の敬意が払われ(あるいは反発派からは「現代邦楽」の対義語・権威主義の象徴として槍玉に挙げられ)ながら、今日まで存続してきたのだと思います。しかし、それもネットの普及による、時代と価値観の変化によってあやうくなってきた、まさに今はそんな段階だと思います。




僕はこの「地歌箏曲」が心から大好きです。それは「音楽として」です。小さい頃からクラシックを身近に聴いてきたことや、高校時代にロックからプログレの方に音楽趣向が移ったことなどから、もともと「長い楽曲」「多様な曲調」には自然と慣れていました。高校時代に自身のバンド結成が失敗に終わり、独学で始めたギターの技術に限界を感じた時に僕を楽しませてくれたのが、少年時代から始めていて自分にとって最も「思い通り」に扱えた尺八という楽器であり、楽器屋で買った「古典ライブラリー」という三曲合奏のテープとの合奏練習でした。邦楽とは無縁の家庭で育ったにも関わらず、ここまで「地歌箏曲」が好きな自分という人間もいるということは、地歌箏曲には上記の「家元制度」や「教授産業」による保護的な生存過程はあったものの、高い「音楽的価値」があるからこそ今日まで伝えられてきたのだと確信しています。そしてまた、日本全国を見渡せば、たとえ小数派であるにせよ、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人というのは、これからも絶対いるのではないかと考えています。僕たちがこれから目指すべきは、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人に、しっかりと充実した情報や演奏活動をお届けし、多種多様な価値観が並存するこれからの時代の中で、たとえ少数派になりつつも「地歌箏曲を音楽として楽しんでいける環境」を構築し、ともに楽しんでいくことなのではないかと考えています。

ですからもう、「芸の囲い込み」とか、「流派や社中制度の維持」などに躍起になっているべき状況ではないと思うんですね。僕自身が伝統的な琴古流の教授体系の中で初傳から師範を頂くまで教育していただき、そのおかげで今の琴古流尺八の技術を勉強させていただいたことは、心から感謝していますし、幸運なことだったと思います。自分自身は伝統的な教授体系のあり方も好きだし憧れや尊敬の念も抱いていますので、本当はこうした伝統的な教授体系や演奏スタイルまるごと一式の保存・伝承が望ましいと考えていました。しかし、もはや邦楽界の人口減は「待ったなし」の様相ですし、日本全国規模で見ても本当に少数派になりつつある「地歌箏曲ファン」が充実した活動をしていけるためには、もう元来の地域に根ざした「三曲協会」の規模やくくりなどでは難しいということを、地方に移住してから痛感しています。そうした中で考え出したのが、インターネットで演奏動画を配信する「web演奏会」の取り組みや、動画公開やSNS上での交流から得ることができた心から信頼出来る音楽的同志「而今の会」の結成、というわけです。さらに最近、教授方式においても新しい取り組みを始め、ホームページ上で公開の運びとなりました。これから、本当に少数派になっていくであろう「地歌箏曲ファン」とともに、現代のこの状況の中でも純粋に「音楽として」地歌箏曲を心から楽しんでいきたいものだと、気持ちを新たにしている今日この頃です。

2017年4月23日日曜日

「而今の会」メンバー3名による、「笹の露」解説

「而今の会」のブログで、メンバー3名で終曲「笹の露」の解説記事を執筆しました。
(我々の間では「記事リレー」と呼んでいます)

大庫さんは三絃本手の担当なので、楽曲自体の解説を中心に、
【「笹の露」を弾く…】H29.4.9



東さんは三絃本手に対する「箏」の目線から、その弾き手としての立ち位置を、
【箏から目線の笹の露】H28.4.16



そして私、山口は、琴古流外曲としての「酒(笹の露)」についてや、
そこから関連して、歴代の琴古流名手のお酒事情などをご紹介しています。
【酒 復称笹の露】H29.4.23



山口の記事の最後には、「而今の会」メンバー3名でのweb上の談話なども掲載しています。

どうぞ、ご覧いただけますと幸いです。

2017年4月16日日曜日

web尺八セミナー、始めました!!

ふと、自分がなぜ尺八音楽、それも特に古曲・本曲に熱中し続けているのかを思い返してみた。

縁あって地元・福岡県で12歳の時に始めた尺八だが、初めて心からのめりこんだきっかけは、大学に入学して山口五郎先生の音源を聴いたときの衝撃的な感動だった。こんな流麗で美しい古曲が、この世に存在したのか!「鹿の遠音」、なんてかっこいいんだろう!!
雑誌やインターネットで調べてみると、山口五郎先生は「琴古流尺八・竹盟社」という会派の家元であられたそうだ。僕が大学に入門した時には、残念ながらすでに亡くなっておられた。よって、生演奏に接することはできていない。しかしそれ以来、心を捉えて離さないその音色や響き、そして華麗な技巧は、僕が尺八を続けてこられた原動力そのものだ。まさに「憧れ」である。

それ以来、五郎先生のCDや琴古流の楽譜の収集に明け暮れた。尺八をされている知人が「山口五郎の尺八演奏のビデオ、昔NHKの放送を録画したのを持ってるよ」とダビングしてくださったので、その演奏姿を初めて目にすることができ、心から感動した。その頃はインターネットが普及し始めた頃で、YouTubeもまだ存在していなかったのだ。

竹盟社の吉村蒿盟先生に師事することができたのは、こうした自力での情報収集の悶々とした日々が2年近くも経過した、大学2回生の冬のことだった。「学フェス」こと、「全国学生邦楽フェスティバル」を開催されている、邦楽普及団体「えん」さん主催のイベントで、初めて吉村先生とお会いした。竹盟社の竹の音色や古曲・本曲の技法に「これしかない!」と決意を固め、大学の後半2年間は、毎月夜行バスで熊本~関西間を往復し、お稽古に通った。


大学を卒業して関西に就職し、毎週お稽古に通えるようになった。学生時代も含めると合計10年間、吉村先生に直接お習いすることができた。生田・山田の古曲、そして琴古流本曲36曲を習得できたこと、それ以外にも尺八に対する考え方や心構え、また温習会や演奏会などで、本当にたくさんのことを学ばせていただいた。僕の尺八人生の中で、最も充実した学びの時期であったに違いない。


修行時代を終え福岡に帰郷してからは、自分なりに尺八の活動に邁進してきたが、大都市・関西との環境の落差には本当に驚いた。尺八の教室数はもとより、演奏家の人数や演奏会の頻度、電車事情など交通面での利便性、そして地域の方の「音楽」というものへの捉え方そのものが全く異なっていた。いや、僕自身が九州にいた時分が、まさにそうであったはずなのだ。だから、関西まで毎月通っていたのだった…


そのことを痛感して以来、僕は演奏会やライブなどの「実演」の場での活動と並行して、演奏動画をYouTubeやFacebookにアップする「web演奏会」というものを継続して行ってきた。地方での和楽器奏者や邦楽に関心のある音楽ファンは、絶対数が本当に少ない。しかし、その事情はここ福岡県のみならず、首都圏や京阪神、中京といった大都市部以外は、日本全国、同じような悩みを抱えているはずだ。そうした、津々浦々に散らばっている邦楽ファンに、自分の演奏を届けたい。そういう思いでここ2年ほど「web演奏会」を続けてみたところ、望外の反響や暖かい応援のメッセージを頂くことができた。北海道から九州までの各地域、そして海外の方からも自分の演奏を聴いていただける。本当にうれしい気持ちになった。


「学生時代に、もしこんな時代だったらなぁ…」と思いを馳せていたとき、ふと気がついた。演奏でここまで喜んで頂けるなら、きっと「お稽古」も求めておられるかたもおられるのではないか…と。



和楽器の教授体系には、さまざまな種類がある。もっとも理想的なのは、師匠と弟子1対1での伝授だろう。僕自身がありがたいことにこの恩恵にあずかることができた。他にも集団レッスン講習会(セミナー)形式のレッスン、そして今やSkypeなどを用いた遠隔地のレッスンをされている方もおられると聞く。
そんな中で今回、僕が試験的に実施することを決めたのは、「web上でのセミナー形式」の動画配信だ。


「web演奏会」もそうであるが、「生演奏ではない」ということは、こうした動画配信の最大の欠点ではある。特に和楽器のお稽古においては、「師匠から弟子への直接の伝承」「言葉には頼らぬ阿吽の呼吸」「教えぬ稽古」「見て盗む」などが大切であるとされ、実際自分自身もそうした伝統的な「芸の伝授」が最も大きな力を発揮すると確信している。しかし今や、邦楽人口の減少たるやすさまじく、三曲界の衰退、中でも古典曲の後継者不足は待った無しの状況である。そのような状況の中で、この「web上でのセミナー形式」少しでも古典曲に興味を持つ若者の心をつかんで、ゆくゆくは古曲の伝承者として師匠の元に入門したり、あるいは僕自身が習得したり合奏中に感じ取ったりしたことを言語化・実践したものが視聴していただいた方になんらかの有益な情報となったりすることで、邦楽界の活性化に少しでも役立てばと思い、思い切って録画してみることにした。


「web演奏会」についても同様だが、セミナー動画には「生演奏」にはない利点もたくさんある。
  • 時、場所を同じくしなくても、見てもらうことができる。
  • そのため、場所移動や時間の拘束といった負担を、お互い軽減できる。
  • 繰り返し見てもらえる。
  • 「リンク」や「検索」による、たくさんの出会いの機会がある。


また、変な話だが、「web上でのセミナー形式」ということは、入門してのお稽古にない、こんなメリットもある。
  • 直接、面と向かっての関係ではないので「お試し」がしやすい。「入門」「退会」といった点に気を使わなくて良い。
  • 「芸の伝授」ではなく「資料」としての利用価値もある。特に、他楽器、他流派、他会派の方が「情報」として演奏法を知りたい場合など。


「貴重な伝承曲を、このような形で簡単におおっぴらにしていいのか!?」というお声も聞こえてきそうだ。いや、僕自身、2年前にこのようなwebセミナーに出会っていたら、そう言っていただろう。しかし、地方にいるからこそ感じるが、都市部の有名な先生方の間や御社中においてはいまいち実感が沸かないであろう三曲界の衰退の実際を、ここ数年で嫌という程痛感してきた。本当にもはや、「待った無し」の状態なのだ。「軽々しくバラしてはならぬ」とかいうレベルではなく、「少しでも興味を持った人に、一人でも多く入門してもらわないと、本当に衰退してしまう」という状態なのである。このwebセミナーの真の目的は、「裾野を広げて、三曲人口の増加に貢献すること」にある。もしこの動画を見て「琴古流尺八って、素晴らしい!」「本格的にやってみたい!」と思っていただいた方、ぜひお師匠を探し入門して、直接の伝授を受けて下さい。この動画が、そうした人を一人でも生むことができたなら、心からうれしいです!

→山口籟盟web尺八セミナーはこちら!!

※無料お試し版、「黒髪」

【web演奏会】10分で琴古流本曲「伊豆鈴慕」

30回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(18)「伊豆鈴慕」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち18曲めは、「伊豆鈴慕(いずれいぼ)」です。「琴古手帳」によれば、17曲目の「葦草鈴慕」とともに、勇虎尊師より伝来したということです。

伊豆には功徳山龍源寺という虚無僧寺があったとのことで、この寺独自の「鈴慕」がこの曲であったと思われます。


余談ですが、琴古流本曲の曲数は「表18曲、裏18曲、計36曲」とよく言われますが、現行の琴古流本曲は、このシリーズの番号を見ていただければお分かりのように、あと「鈴慕流」「巣鶴鈴慕」の2曲を残していながら、すでに表が「18曲」に達してしまっています。

これはどういうことかというと、琴古流本曲成立当初と、近代以降に整理された現行の琴古流本曲では、裏の曲が大きく異なっており、その影響で「36曲」を揃えるために表の曲のカウントが変化して「表20曲」になってしまっているわけです。

琴古流成立当初の本曲

【表18曲】
・古伝三曲
霧海ヂ鈴慕、虚空、真虚霊(前吹盤渉調)
・行草の手6曲
瀧落、秋田菅垣、転菅垣、九州鈴慕、志図の曲、京鈴慕
・真の手9曲
琴三虚霊、吉野鈴慕、夕暮、堺獅子、打替虚霊、葦草鈴慕、伊豆鈴慕、鈴慕流、鶴の巣籠

【裏18曲】
・曙調子(霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕、転菅垣、栄獅子のロ一移調)
曙鈴慕、曙虚空、曙菅垣、曙獅子
・雲井調子(霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕、転菅垣、栄獅子のリ一移調)
雲井鈴慕、雲井虚空、雲井菅垣、雲井獅子
・三谷菅垣
・下野虚霊
・目黒獅子
・吟龍虚空
・佐山菅垣
・下り葉
・波間鈴慕
・呼返鹿遠音(秘曲)
・鳳将雛(細川月翁作曲)
・碪巣籠(3世琴古作曲により追加、それ以前は「裏17曲」)

この「裏18曲」のうち、現代では黒沢琴古の手付けした「曙調子」「雲井調子」の計8曲は実際には演奏されません。すると、36曲から「8曲」が減ってしまいます。

その分を補うように、現行では、
・「一二三鉢返調」を曙調子に移調した「曙調」
・江戸時代末期に、奥州の千歳市という盲人が作曲し江戸で流行、荒木竹翁が16、7歳の頃習得したという「曙菅垣」(琴古流成立当初の「曙菅垣=曙調子の転菅垣」とは別曲)
・薩摩太守の息子、盧月公(一閑、2世琴古の門人)作曲、碪巣籠の前吹である「芦の調」が1曲として独立
・久松風陽作曲、碪巣籠前吹の「厂音柱の曲」が1曲として独立
・荒木竹翁が晩年まで推敲をつづけた未完の「月の曲」を1曲としてカウント
これで8曲のうち5曲を回復しましたが、まだ3曲足りません。

そこで、「表の曲」に
・「一二三鉢返調」を1曲としてカウント
・「真虚霊」の前吹である「盤渉調」を1曲とカウントもしくは、「虚空鈴慕」の一閑流替手を1曲とカウント
・「一二三鉢返調」の中に挿入されている「寿調(長調とも)」を1曲とし、裏の曲の「月の曲」のあとに回してカウント
という操作をし、結果「表20曲」「裏16曲」合計「36曲」と相成っているというわけです。ただし「表18曲」「裏18曲」という言い回しが、曲数がずれた現代でも定着してしまっている感があります。

現行の琴古流本曲の曲目をまとめると、以下の通りです。

【表20曲】
・一二三鉢返調
・行草の手(学行の手)
瀧落の曲、秋田菅垣、転菅垣、九州鈴慕、志図の曲、京鈴慕
・古伝三曲
霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕(一閑流虚空替手)、盤渉調、真虚霊
・真の手
琴三虚霊、吉野鈴慕、夕暮の曲、栄獅子、打替虚霊、葦草鈴慕、伊豆鈴慕、鈴慕流、巣鶴鈴慕(旧名:鶴の巣籠)

【裏16曲】
・三谷菅垣
・下野虚霊
・目黒獅子
・吟龍虚空
・佐山菅垣
・下り葉の曲
・波間鈴慕
・鹿の遠音
・鳳将雛
・曙調
・曙菅垣
・芦の調
・厂音柱の曲
・砧巣籠
・月の曲
・寿調

合計36曲

「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年4月2日日曜日

「而今の会」演奏曲目を公開しました!

「而今の会」ブログにて、演奏曲目を発表しました。

【曲目発表!!】H29.4.1

「而今の会」メンバー3名の自己紹介記事

「而今の会」ブログにて、メンバー3名の自己紹介記事が出揃いましたので、この場でご紹介します。

・東啓次郎さんの記事
【東 啓次郎只今参上‼】H29.3.18


・大庫こずえさんの記事
【原点回帰のきっかけはFacebook】H29.3.25


・山口籟盟の記事
【兼業尺八家・山口籟盟】H29.3.26


どうぞ、ごらんください!

【web演奏会】10分で琴古流本曲「葦草鈴慕」

29回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(17)「葦草鈴慕」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち17曲めは、「葦草鈴慕(いぐされいぼ)」です。「琴古手帳」によれば、18曲目の「伊豆鈴慕」とともに、勇虎尊師より伝来したということです。

武蔵国青梅の鈴法寺が、天文元年(1532)から慶長18年(1613)までは、武蔵国川越の葦草村にあり、その鈴法寺の「鈴慕」を「葦草鈴慕」と呼んだものであるようです。鈴法寺は、一月寺とともに虚無僧寺の総本山であり、初代黒沢琴古はその両寺の「吹合」(指南役)を務めていたことなどを考えると、琴古流本曲の中でも地元・関東の色彩を色濃く残した楽曲であるようにも感じられます。さらに黒沢琴古に同曲を伝授した「勇虎尊師」は、前にも述べた通り「琴三虚霊」の曲名変更に泰巌尊師とともに立ち会ったり、琴古流本曲全曲の曲名や曲順の決定にも大きく関係した人物でもあるようです。

私事ですが、実は私は竹盟社師範・吉村蒿盟師に入門以来、1年間半ほどは「本曲のみ」お習いするようお願いしてしまい、吉村先生はその願いを快く聞き入れて下さって「打替虚霊」までの16曲を稽古してくださいました。当時の自分は本曲に傾倒しており、「尺八は本曲のみでよい」と考えていたのです。しかしお習いするうちに、竹盟社の外曲の素晴らしさにもあらためて心を惹かれ、「打替虚霊」のあと再度お願いして「黒髪」「六段」から稽古を付けていただきました。外曲は曲順通り、生田も山田もお習いし、「八重衣」「残月」を終えて、再び本曲を、というときの記念すべき1曲目がこの「葦草鈴慕」で、大変感慨深かった思い出があります。そのお稽古の時、吉村先生が松村蓬盟先生に習われた時のエピソードとして、かつて大阪平野が葦に覆われた湿地であったお話や、松村先生ご自身がこの曲を気に入られていたことなどをお話しされていて、心に残っています。

そういった思い出を心に浮かべながら、穏やかな3月の午前中に、自然な心持ちでこの曲を演奏することができ、大変ありがたいものであります。


「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年3月19日日曜日

「而今の会」ブログ更新のお知らせ

今回は、長野県在住・山田流の大庫こずえさんが、会場の下見の様子をレポートされています。

どうぞご覧ください。



2017年3月13日月曜日

「春はあけぼの。」ライブ、終わりました&「而今の会」ブログ更新しました

「而今の会」のブログを更新しました。
ライブ「春はあけぼの。」の感想なども書いています。
どうぞ、ご覧いただけると嬉しいです。



http://nikonnokai.blogspot.jp/2017/03/blog-post.html


なお、「春はあけぼの。」ライブより、
2、「椿咲く村」(福田蘭童)
3、「みだれ」(箏曲、尺八素吹き)
4、「鹿の遠音」(琴古流本曲、独奏)
の3曲を、YouTubeで公開しております。

もしよろしければ、ご覧下さい。





2017年3月9日木曜日

福田蘭童作曲「椿咲く村」

福田蘭童作曲「椿咲く村」
今度の日曜日、久留米市シティプラザ横「六角堂広場」でのライブで演奏します。

福田蘭童は、久留米市出身の洋画家・青木繁の子であり、最近筑後地方で演奏の機会があるときには、時々選曲に入れています。蘭童の弟子が横山勝也師ということで、竹心会系統の方は本曲に準ずるような形で力を入れて伝承されていますが、そちらとは別に「琴古社の蘭童曲譜」というのも数曲出ているようですね。裏面の解説文に、今ではかなりの知名度を持つ蘭童作品が、かつては不遇の扱いを受けられていたことや、同氏の作品に対する佐藤晴美の熱い想いが感じられます。

久留米市で「椿」といえば、市内でもうきは寄り、田主丸の手前にある「草野町」が脳裏をよぎります。ここは「椿」で有名で、「久留米つばき園」や「世界のつばき館」といった、たくさんの椿を鑑賞できる場があります。僕も4年前の今頃、「久留米つばき園」を訪れ、その種類の多さにびっくりした覚えがあります。

福田蘭童が、草野町を具体的にイメージしていたのかはわかりませんが、今回久留米市中心部での演奏ということで、この曲を取り上げてみました。竹心会の方からきちんとお習いしたわけではありませんが、自分なりの「椿咲く村」を演奏できたらなと思っています。







2017年3月5日日曜日

「而今(にこん)の会への思い」を投稿しました。

「而今の会」のブログ記事を執筆しました。

この演奏会にかける思いや意気込みを述べていますので、是非ご覧頂けますと嬉しいです。



2017年3月2日木曜日

六角堂「春はあけぼの。」出演

お知らせです。

来る3月12日(日)、久留米市中心部にある「久留米シティプラザ・六角堂広場」にて開催される「春はあけぼの。」という和楽器演奏のイベントにて、演奏させていただくことになりました。

山口籟盟による琴古流尺八の独奏のほか、大正琴ユニット・70’s小町(ナナマルコマチ)さんとの共演で「恋ダンス」の演奏も行います。また、同イベントには筑前琵琶奏者の石橋旭姫さんもご出演の予定です。お近くの方、ぜひ足をお運びいただけましたら嬉しいです。

詳細は、以下の通りです。

日時:平成29年3月12日(日)11:00〜16:00
会場:久留米シティプラザ・六角堂広場
イベント名:「春はあけぼの。」
タイムテーブル
13:00〜山口籟盟(最後に70’s小町さんとの「恋ダンス」)
14:00〜大正琴ユニット・70’s小町さん
15:00〜筑前琵琶・石橋旭姫さん
演奏予定
・日本古謡「さくら」
・福田蘭童作曲「椿咲く村」
・箏曲「みだれ」
・琴古流尺八本曲「鹿の遠音」
(以上、尺八独奏)
・「恋」(70’s小町さんとの合奏)


2017年2月27日月曜日

【ジョイントweb演奏会:中村 建・山口籟盟】琴古流本曲『鹿の遠音』

【ジョイントweb演奏会:中村 建(北海道)・山口籟盟(福岡県)】
琴古流本曲『鹿の遠音』

Facebookでお知り合いになった、北海道大学の中村 建さん(琴古流尺八荒木派)と、福岡県在住の山口籟盟(琴古流尺八竹盟社)による、「オンラインでの共演」です。

中村さんとの出会いは、昨年夏にたまたま出会った『八段』のYouTube動画でした。北海道大学邦楽研究会の夏の演奏会の映像で、あの難しい『八段』の尺八を「この人は琴古流の専門家か!?』というような説得力のある技法と音色、合奏技術で演奏されていて、驚愕した覚えがあります。他に動画がないかと検索してみると、『四季の眺』などの動画もあり、『八段』と同様に素晴らしい演奏でした。また大学3年生のときの定期演奏会では『残月』を披露され、1曲を暗譜による気迫の演奏で通されたのには「圧巻」の一言につきるものがありました。さらに、年を越して今年の1月には琴古流本曲の演奏動画も公開されるなど、学生さんとは思えない古典の演奏力を発揮され、精力的に活躍中です。

中村さんは長野県のご出身で、琴古流荒木派のお父様に師事されたとのことで、幼少期より古典の素養を身につけた端正な尺八を吹かれていたという話も耳にしました。地元の高校を卒業後、北海道大学に進学され、有島武郎の研究をされているということで、日常を和服で過ごされたり、旧漢字・旧仮名遣いを使用されたりするなど、自分との共通点も多く、「ああ、学生時代に出会っていたら、きっと気の合う友人としていろいろ交流できただろうな」などと思ったりしました。Facebook友達になってからも、尺八を始めいろいろな話題でメールが盛り上がり、「ジョイントweb演奏会でご一緒にいかがですか?」とお誘いしてみたところ、快諾していただきましたので、琴古流本曲の代表曲『鹿の遠音』の吹合せをさせていただきました。

以前、中村さんの動画をFacebookでご紹介させていただいた時も触れましたが、中村さんの芸は琴古流の中でも「荒木派」といって、戦前の名人として名高い3世荒木古童の芸系となります。飾らない気骨あふれる音色と、流麗なアタリやスリといった技巧が組み合わされ、今ではなかなか聴くことのできない、琴古流古来の伝統の技が平成の現代に至るまで脈々と受け継がれてきた貴重な本曲です。学生邦楽や若手奏者には、管楽器としての尺八奏法に秀で、洋楽の知識も深く、本当にお上手な方がたくさんおられます。しかし、この中村さんのように、幼少期からの古典の素養と高い演奏力を持った、こうした古来の琴古流の技を、この若さで実現できているというのは、本当に稀有な例なのではないでしょうか。

中村さんとも、何度もメールで音源のやりとりを行いながら「オンライン下合わせ」を重ね、曲を仕上げていきました。「鹿の遠音」は「掛け合い」の形で2管の尺八が交互に演奏をしていく形式のため、それぞれの演奏をどのタイミングで重ねていくかなども、パソコンによる音源の合成操作を重ねながらあれこれ試し、合奏を作り上げていきました。また、年始には郷里に帰られたタイミングでお父様との合奏の音源を送ってくださり、大変勉強になりました。お父様には、この場をお借りして御礼申し上げます。掛け合いの回数やタイミングは、荒木派の方法をベースにしています。

今回の「オンラインの共演」は、九州と北海道という、日本でも地理的に最も離れた2人の奏者による「鹿の遠音」となります。しかし、場所は離れていても、琴古流本曲に対する熱い思いをしっかりと共有でき、本当に楽しい共演をさせていただきました。中村さんには、今後ともますます研鑽され、ぜひともご活躍されますよう、心より応援申し上げております。どうぞご視聴よろしくお願いいたします。

~共演者・中村 建さんよりコメント~
昨年より山口様は「オンライン共演」に取り組まれてをられますが、この度「鹿の遠音」を演奏するに當たつて私のごとき未熟者をお誘ひ頂き、誠に難有うございました。これまでの「オンライン共演」の曲目とは異なり、拍節が一定しない(或いはない)「鹿の遠音」を「オンライン共演」の形で演奏するのは、色々困難もあるやうに感じました。今後、色々研究が必要かと思ひます。是非とも山口様と直接お會ひして合奏出來る機會があれば幸ひです。




2017年2月25日土曜日

2017年2月23日木曜日

「而今(にこん)の会」始動しました!!

お知らせです。

ジョイントweb演奏会でご一緒に演奏をさせて頂いた、山田流の大庫こずえさん、生田流の東啓次郎さんと、8月に長野古典のライブをさせて頂くことになりました。

「而今(にこん)の会」と名付けたこの企画、これから夏に向けて精一杯頑張って行きたいと思います。ともに三曲の古典を愛する同志に恵まれ、本当に幸せです。

大げさな言い方ですが、このライブでは、ただ単に古典のライブをやるというだけでなく、会のコンセプトや、開催に至るまでのステップを公開していくことなど、これまでにない新しい価値観を提示して行けたらなと願っております。

会のブログを立ち上げましたので、ご覧頂けましたら、そして当日はぜひとも足をお運び下さいましたら、幸いでございます。古典のライブ「而今の会」を、どうぞよろしくお願い申し上げます!!

http://nikonnokai.blogspot.jp/

2017年2月20日月曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「打替虚霊」

28回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(16)「打替虚霊」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

前回は無謀にも、琴古流本曲最長の曲「栄獅子」を全曲通しで公開させていただきましたが、2月から本来の企画どおりにもどし、「10分程度」としております(今回、いつもよりちょっと長めですが)。

さて、琴古流本曲表のうち16曲めは、この「打替虚霊(うちかえきょれい)」です。「琴古手帳」によれば、「右者清山寺御本則川原丹蔵ヨリ傳来仕候尤も吹合所ニ而罷在候」とあり、清山寺の川原丹蔵より、初代琴古が伝授したようです。

演奏してみると、まず「虚霊」ならではの「イキナヤシ」と呼ばれる手法が印象的です。これは「二四五のハ」という手法を乙・甲で行き来するのですが、この音は乙と甲では1オクターブを超え、9度の音程で交互に音が現れる特徴的な響きとなっています(詳細は「真虚霊」の解説をご覧下さい)。「琴三虚霊」では「虚霊」と名が付いていても、イキナヤシもなく、特に「虚霊らしさ」が感じられなかったのに比べ、この曲はやはり「虚霊なのかな」と思ってしまうのは、この技法の有無によるところだと思います。ただ、最初のイキナヤシは「真虚霊」とはちょっと違ったリズムパターンに、2回めのイキナヤシは「真虚霊」に比べて1往復減った手になっています。

また、曲全体の構成を見ると、全曲を通した場合、「A A’ B(高音) A’」とでも言うような、同じ旋律のかたまりの繰り返しが感じられます。「音楽的に凝った作り」というよりも、「古伝三曲」のような格式高い曲とはまた違った、ちょっと肩の力を抜いて吹ける身近な曲、という感じがしました。

2月後半に九州では「春一番」が吹き、寒さも緩み始め、少しずつ「春の気配」を感じられるようになってきました。折しも土曜の午後、傾きかけた日が座敷に差し、緩やかな心持ちでこの曲をゆったりと演奏することができました。「観賞用」と言えるかはわかりませんが、日常に生きる本曲の姿ということで、ゆったりとした気分で耳を傾けていただければ幸いです。


「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年1月29日日曜日

【ジョイントweb演奏会:東 啓次郎・山口籟盟】 地歌『黒髪』

【ジョイントweb演奏会:東 啓次郎(静岡県)・山口籟盟(福岡県)】
地歌『黒髪』
Facebookでお知り合いになった、静岡県在住の東 啓次郎さん(地歌箏曲)と、福岡県在住の山口籟盟(琴古流尺八)による、「オンラインでの共演」です。
東さんとは、昨年秋にFB上でお知り合いになりました。私が息子にせがまれて「エヴァンゲリオン」のテーマソングを尺八で吹き、それを琴古譜にして公開したところ、興味を示して頂きコメントを下さって、それ以降FB上にて懇意にしていただいております。名古屋で修行を積まれ、現在静岡県にて演奏・教授活動をされている専門家です。
もともと東さんは、演奏動画をYouTubeやFacebook、Twitter上によく投稿されており、「古曲を広めよう」「地歌箏曲のよさをたくさんの人に感じてもらおう」というお気持ちの強さを感じていました。私の方もこの1年、毎月琴古流本曲を1曲ずつYouTubeにアップする活動を続けていて、東さんもよく視聴してくださっていました。そんな中、最近始めた「ジョイントweb演奏会」にも大変興味を持っていただいたようで、共演のお願いをしたところ、快く引き受けてくださいました。東さん、本当にありがとうございます。
実は、僕が学生時代、部室にあった邦楽ジャーナル(創刊号からほとんどが揃っていました)を読みあさっていた時、東さんが載っておられるのを拝見したことがあるのです。2004年の正月でしたか、「邦楽専門家のプロフィール紹介」みたいなコーナーがあり、若手専門家としてご活躍の東さんも掲載されていました。まさかその十数年後に、こうして「オンラインの共演」をさせていただけるとは、本当にありがたいご縁です。東さんはそれ以前の号で、大学の邦楽部を紹介するコーナーを執筆されていたこともあるそうで、「学生邦楽」というものの、邦楽界活性化への影響力の大きさも感じました。
男性・男性による「一挺一管」の黒髪、どうぞご視聴よろしくお願い致します。
〜共演者・東 啓次郎さんよりコメント〜
今回初めてWebでの一挺一管の合わせをさせて頂く事にとてもワクワクして弾かせて頂きました。
黒髪は初歩の曲ながらもとても奥が深く、恋の切なさとやるせなさを歌う事と重みのある音を作る事の難しさを感じます。
短い期間の中での合わせは内容も濃くて、とても貴重な経験をさせて頂きました。
今回の山口様とのご縁に感謝を申し上げます。
機械音痴の所もありますけども、徐々に馴れて行ければと思いますので今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
『黒髪』
地歌。三下り端歌物。初世湖出市十郎作曲(『歌曲時習考』)。『新増大成糸のしらべ』(1801、享和1)に詞章初出。市十郎の上方在住中に作られた芝居歌が地歌に遺存したもの。長唄のメリヤス物として現行される同名曲とは多少の異同がある。地歌としては、その後初世鈴木万里が大坂で弾きはやらせたといわれ、初世津山検校が得意として「津山ぶし」といったとも伝えられる。箏の手もさまざまに付けられ、舞地としても行われる。
歌詞
黒髪のむすぼれたる思ひをば、とけて寝た夜の枕こそ、ひとり寝る夜はあだ枕、袖は片敷く妻ぢゃといふて、愚痴な女子の心は知らず、しんとふけ行く鐘の声、ゆふべの夢の今朝さめて、ゆかしなつかしやるせなや、積もると知らでつもる白雪