2017年4月29日土曜日

「地歌箏曲を楽しむ」とは

三曲界に身を置いていると、「古曲」「古典」という言い方をよく耳にします。



いわゆる「地歌箏曲」を「古曲」「古典」と呼ぶようになったのは、もちろんその対義語としての「新日本音楽」「新邦楽」「現代邦楽」が出現したからというのも理由の一つでしょうが、その呼び名のニュアンスからして「伝統的で正当なもの」「崩したりよそに漏らしたりしてはいけない伝承曲」あるいは「昔の古臭い面白くない曲」というような、様々な思いが含まれている言葉のように感じています。

僕自身は「古曲」「古典」という言い方は個人的にあまり好きではなく、基本的に「地歌箏曲」とか「三曲合奏」とか呼ぶようにしています。それは上記のような付随するニュアンス抜きに、単純に「そういうジャンルの一つの音楽」として捉えたいからです。そして僕はこの「地歌箏曲」がとても好きで、尺八奏者としてのレパートリーの中では琴古流本曲とともに「琴古流尺八の両輪」として大切に演奏していますし、音楽として楽しんでいます。



さて、この「地歌箏曲」が今後どうなっていくのか、もっと言うと音楽としてこれからの時代生き残っていくのかということを考えてみると、正直結構つらいのではないか…と予想されます。

理由なんですが、音楽的に考えてみると、まず1曲の長さが人間本来の集中力を大きく超えるほど長い。短い「六段」や「八千代獅子」でも10分弱はかかりますし、「八重衣」などは30分弱。シングルレコードの1曲は3分程度、これが通常一般の人間が特別な訓練なしに1曲を集中して聴ける時間なんだそうですね。クラシックの中でも、バロック時代の楽曲からモーツァルトくらいまでは、1曲の区切りが結構短い(短い区切りがかなり何曲も続いて1曲のまとまりになってはいますが)。王侯貴族が聴いて楽しんだり自分が演奏したりするために作っていた楽曲は、やはり「人間本来の集中力」を大きく逸脱していないわけですね。

それが、クラシックの世界でも、ロマン派以降はどんどん1曲の長さが長くなっていき、マーラーに至っては交響曲の長さが1時間を超えたりします。これは音楽の楽しみ方が「オトナの背伸びした教養」的な要素が強くなってきたこととも関係しているのではないでしょうか。ブラックのコーヒーとか、ビールの苦みとか、もちろん「味覚」として純粋に好きな人も元来いる(僕自身も両方好きです)でしょうが、「オトナの味覚」に憧れてというか、そういうのが「カッコイイ」「ステイタス」みたいな感じで、最初は苦手なのを「慣らしていって」好きになるみたいな要素があるじゃないですか。クラシックも地歌箏曲も、そういうところがあるんじゃないかと思うんですよね。ジャズにもそういう要素があるそうで、ネット上でジャズ・ギタリストが話題にされていたブログ記事も読んだことがあります。


しかし、インターネットが普及する前の情報量が限られていた時代と違って、今はあふれるくらいの情報量、音楽一つとってもあらゆるジャンルの楽曲や演奏動画がYouTubeで視聴できるというこの昨今、人々はみんな「カッコつけ」なくなり、みんな自分の価値観に正直ですよね。「いいものはいい」「つまらないものはつまらない」。あえて、初期のガマン時期を乗り越えてまで、人間本来の集中力を大幅に超過する音楽だけを追い求めなくても、本当にたくさんの選択肢があり、心に響く音楽を見つけることができます。「ストイックがカッコイイ」みたいな感じが終焉したとも言えるのではないでしょうか。




さて、話を「地歌箏曲」に戻しますが、なぜこうした音楽が成立し今日まで伝承されてきたかを考えると、「流派」や「社中制度」に支えられた「教授産業(邦星堂・大橋鯛山氏の語)」だったから、というのが現在まで色々調べたり考えたりしてきた僕の最終的な結論です。

ヨーロッパでは、音楽家や画家などが生きていくのを支えたのがパトロンだったそうですね。ケタ違いの巨大な富を持つ諸侯や貴族が、自分の勢力や教養を誇示するのも込みで、お気に入りの芸術家を抱えていた。モーツァルトが幼い頃からあちこち旅したのも、そうした抱えてくれるパトロンを探すためだったようですね。しかし、日本ではその代わりに「家元制度」が発達した。これは、トップのお家元(芸術家)を、複数の支持者(社中内のお弟子さんたち)が支える、いわば「日本版・分担方式のパトロン制度」と言えるというような説明を耳にしたことがあり、僕がこれまで色々調べた中でもっとも納得のいく説明でした(出典は失念してしまいました)。そうすると、「師匠が弟子に芸を伝授」するという体制の維持が、家元制度の維持(芸術家の生計の維持)に直結する。すると、楽曲は奥に行けば行くほど長く、難しくなり「永遠に勉強」方式となる。また、「芸を他に漏らす」ということは上記の体制維持にとって死活問題ともなりうるので、「流派内の囲い込み」も起こる。邦星堂和楽器店で尺八制作をされている大橋鯛山氏のブログで「教授産業」と表現されていますが、まさに地歌箏曲はこうした「家元制度」「社中制度」「教授産業」とセットで、これまで生き残ってきたわけですよね。だから、正直イマイチ良さを感じていなくても「古曲」「古典」などの語で一定の敬意が払われ(あるいは反発派からは「現代邦楽」の対義語・権威主義の象徴として槍玉に挙げられ)ながら、今日まで存続してきたのだと思います。しかし、それもネットの普及による、時代と価値観の変化によってあやうくなってきた、まさに今はそんな段階だと思います。




僕はこの「地歌箏曲」が心から大好きです。それは「音楽として」です。小さい頃からクラシックを身近に聴いてきたことや、高校時代にロックからプログレの方に音楽趣向が移ったことなどから、もともと「長い楽曲」「多様な曲調」には自然と慣れていました。高校時代に自身のバンド結成が失敗に終わり、独学で始めたギターの技術に限界を感じた時に僕を楽しませてくれたのが、少年時代から始めていて自分にとって最も「思い通り」に扱えた尺八という楽器であり、楽器屋で買った「古典ライブラリー」という三曲合奏のテープとの合奏練習でした。邦楽とは無縁の家庭で育ったにも関わらず、ここまで「地歌箏曲」が好きな自分という人間もいるということは、地歌箏曲には上記の「家元制度」や「教授産業」による保護的な生存過程はあったものの、高い「音楽的価値」があるからこそ今日まで伝えられてきたのだと確信しています。そしてまた、日本全国を見渡せば、たとえ小数派であるにせよ、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人というのは、これからも絶対いるのではないかと考えています。僕たちがこれから目指すべきは、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人に、しっかりと充実した情報や演奏活動をお届けし、多種多様な価値観が並存するこれからの時代の中で、たとえ少数派になりつつも「地歌箏曲を音楽として楽しんでいける環境」を構築し、ともに楽しんでいくことなのではないかと考えています。

ですからもう、「芸の囲い込み」とか、「流派や社中制度の維持」などに躍起になっているべき状況ではないと思うんですね。僕自身が伝統的な琴古流の教授体系の中で初傳から師範を頂くまで教育していただき、そのおかげで今の琴古流尺八の技術を勉強させていただいたことは、心から感謝していますし、幸運なことだったと思います。自分自身は伝統的な教授体系のあり方も好きだし憧れや尊敬の念も抱いていますので、本当はこうした伝統的な教授体系や演奏スタイルまるごと一式の保存・伝承が望ましいと考えていました。しかし、もはや邦楽界の人口減は「待ったなし」の様相ですし、日本全国規模で見ても本当に少数派になりつつある「地歌箏曲ファン」が充実した活動をしていけるためには、もう元来の地域に根ざした「三曲協会」の規模やくくりなどでは難しいということを、地方に移住してから痛感しています。そうした中で考え出したのが、インターネットで演奏動画を配信する「web演奏会」の取り組みや、動画公開やSNS上での交流から得ることができた心から信頼出来る音楽的同志「而今の会」の結成、というわけです。さらに最近、教授方式においても新しい取り組みを始め、ホームページ上で公開の運びとなりました。これから、本当に少数派になっていくであろう「地歌箏曲ファン」とともに、現代のこの状況の中でも純粋に「音楽として」地歌箏曲を心から楽しんでいきたいものだと、気持ちを新たにしている今日この頃です。

2017年4月23日日曜日

「而今の会」メンバー3名による、「笹の露」解説

「而今の会」のブログで、メンバー3名で終曲「笹の露」の解説記事を執筆しました。
(我々の間では「記事リレー」と呼んでいます)

大庫さんは三絃本手の担当なので、楽曲自体の解説を中心に、
【「笹の露」を弾く…】H29.4.9



東さんは三絃本手に対する「箏」の目線から、その弾き手としての立ち位置を、
【箏から目線の笹の露】H28.4.16



そして私、山口は、琴古流外曲としての「酒(笹の露)」についてや、
そこから関連して、歴代の琴古流名手のお酒事情などをご紹介しています。
【酒 復称笹の露】H29.4.23



山口の記事の最後には、「而今の会」メンバー3名でのweb上の談話なども掲載しています。

どうぞ、ご覧いただけますと幸いです。

2017年4月16日日曜日

web尺八セミナー、始めました!!

ふと、自分がなぜ尺八音楽、それも特に古曲・本曲に熱中し続けているのかを思い返してみた。

縁あって地元・福岡県で12歳の時に始めた尺八だが、初めて心からのめりこんだきっかけは、大学に入学して山口五郎先生の音源を聴いたときの衝撃的な感動だった。こんな流麗で美しい古曲が、この世に存在したのか!「鹿の遠音」、なんてかっこいいんだろう!!
雑誌やインターネットで調べてみると、山口五郎先生は「琴古流尺八・竹盟社」という会派の家元であられたそうだ。僕が大学に入門した時には、残念ながらすでに亡くなっておられた。よって、生演奏に接することはできていない。しかしそれ以来、心を捉えて離さないその音色や響き、そして華麗な技巧は、僕が尺八を続けてこられた原動力そのものだ。まさに「憧れ」である。

それ以来、五郎先生のCDや琴古流の楽譜の収集に明け暮れた。尺八をされている知人が「山口五郎の尺八演奏のビデオ、昔NHKの放送を録画したのを持ってるよ」とダビングしてくださったので、その演奏姿を初めて目にすることができ、心から感動した。その頃はインターネットが普及し始めた頃で、YouTubeもまだ存在していなかったのだ。

竹盟社の吉村蒿盟先生に師事することができたのは、こうした自力での情報収集の悶々とした日々が2年近くも経過した、大学2回生の冬のことだった。「学フェス」こと、「全国学生邦楽フェスティバル」を開催されている、邦楽普及団体「えん」さん主催のイベントで、初めて吉村先生とお会いした。竹盟社の竹の音色や古曲・本曲の技法に「これしかない!」と決意を固め、大学の後半2年間は、毎月夜行バスで熊本~関西間を往復し、お稽古に通った。


大学を卒業して関西に就職し、毎週お稽古に通えるようになった。学生時代も含めると合計10年間、吉村先生に直接お習いすることができた。生田・山田の古曲、そして琴古流本曲36曲を習得できたこと、それ以外にも尺八に対する考え方や心構え、また温習会や演奏会などで、本当にたくさんのことを学ばせていただいた。僕の尺八人生の中で、最も充実した学びの時期であったに違いない。


修行時代を終え福岡に帰郷してからは、自分なりに尺八の活動に邁進してきたが、大都市・関西との環境の落差には本当に驚いた。尺八の教室数はもとより、演奏家の人数や演奏会の頻度、電車事情など交通面での利便性、そして地域の方の「音楽」というものへの捉え方そのものが全く異なっていた。いや、僕自身が九州にいた時分が、まさにそうであったはずなのだ。だから、関西まで毎月通っていたのだった…


そのことを痛感して以来、僕は演奏会やライブなどの「実演」の場での活動と並行して、演奏動画をYouTubeやFacebookにアップする「web演奏会」というものを継続して行ってきた。地方での和楽器奏者や邦楽に関心のある音楽ファンは、絶対数が本当に少ない。しかし、その事情はここ福岡県のみならず、首都圏や京阪神、中京といった大都市部以外は、日本全国、同じような悩みを抱えているはずだ。そうした、津々浦々に散らばっている邦楽ファンに、自分の演奏を届けたい。そういう思いでここ2年ほど「web演奏会」を続けてみたところ、望外の反響や暖かい応援のメッセージを頂くことができた。北海道から九州までの各地域、そして海外の方からも自分の演奏を聴いていただける。本当にうれしい気持ちになった。


「学生時代に、もしこんな時代だったらなぁ…」と思いを馳せていたとき、ふと気がついた。演奏でここまで喜んで頂けるなら、きっと「お稽古」も求めておられるかたもおられるのではないか…と。



和楽器の教授体系には、さまざまな種類がある。もっとも理想的なのは、師匠と弟子1対1での伝授だろう。僕自身がありがたいことにこの恩恵にあずかることができた。他にも集団レッスン講習会(セミナー)形式のレッスン、そして今やSkypeなどを用いた遠隔地のレッスンをされている方もおられると聞く。
そんな中で今回、僕が試験的に実施することを決めたのは、「web上でのセミナー形式」の動画配信だ。


「web演奏会」もそうであるが、「生演奏ではない」ということは、こうした動画配信の最大の欠点ではある。特に和楽器のお稽古においては、「師匠から弟子への直接の伝承」「言葉には頼らぬ阿吽の呼吸」「教えぬ稽古」「見て盗む」などが大切であるとされ、実際自分自身もそうした伝統的な「芸の伝授」が最も大きな力を発揮すると確信している。しかし今や、邦楽人口の減少たるやすさまじく、三曲界の衰退、中でも古典曲の後継者不足は待った無しの状況である。そのような状況の中で、この「web上でのセミナー形式」少しでも古典曲に興味を持つ若者の心をつかんで、ゆくゆくは古曲の伝承者として師匠の元に入門したり、あるいは僕自身が習得したり合奏中に感じ取ったりしたことを言語化・実践したものが視聴していただいた方になんらかの有益な情報となったりすることで、邦楽界の活性化に少しでも役立てばと思い、思い切って録画してみることにした。


「web演奏会」についても同様だが、セミナー動画には「生演奏」にはない利点もたくさんある。
  • 時、場所を同じくしなくても、見てもらうことができる。
  • そのため、場所移動や時間の拘束といった負担を、お互い軽減できる。
  • 繰り返し見てもらえる。
  • 「リンク」や「検索」による、たくさんの出会いの機会がある。


また、変な話だが、「web上でのセミナー形式」ということは、入門してのお稽古にない、こんなメリットもある。
  • 直接、面と向かっての関係ではないので「お試し」がしやすい。「入門」「退会」といった点に気を使わなくて良い。
  • 「芸の伝授」ではなく「資料」としての利用価値もある。特に、他楽器、他流派、他会派の方が「情報」として演奏法を知りたい場合など。


「貴重な伝承曲を、このような形で簡単におおっぴらにしていいのか!?」というお声も聞こえてきそうだ。いや、僕自身、2年前にこのようなwebセミナーに出会っていたら、そう言っていただろう。しかし、地方にいるからこそ感じるが、都市部の有名な先生方の間や御社中においてはいまいち実感が沸かないであろう三曲界の衰退の実際を、ここ数年で嫌という程痛感してきた。本当にもはや、「待った無し」の状態なのだ。「軽々しくバラしてはならぬ」とかいうレベルではなく、「少しでも興味を持った人に、一人でも多く入門してもらわないと、本当に衰退してしまう」という状態なのである。このwebセミナーの真の目的は、「裾野を広げて、三曲人口の増加に貢献すること」にある。もしこの動画を見て「琴古流尺八って、素晴らしい!」「本格的にやってみたい!」と思っていただいた方、ぜひお師匠を探し入門して、直接の伝授を受けて下さい。この動画が、そうした人を一人でも生むことができたなら、心からうれしいです!

→山口籟盟web尺八セミナーはこちら!!

※無料お試し版、「黒髪」

【web演奏会】10分で琴古流本曲「伊豆鈴慕」

30回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(18)「伊豆鈴慕」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち18曲めは、「伊豆鈴慕(いずれいぼ)」です。「琴古手帳」によれば、17曲目の「葦草鈴慕」とともに、勇虎尊師より伝来したということです。

伊豆には功徳山龍源寺という虚無僧寺があったとのことで、この寺独自の「鈴慕」がこの曲であったと思われます。


余談ですが、琴古流本曲の曲数は「表18曲、裏18曲、計36曲」とよく言われますが、現行の琴古流本曲は、このシリーズの番号を見ていただければお分かりのように、あと「鈴慕流」「巣鶴鈴慕」の2曲を残していながら、すでに表が「18曲」に達してしまっています。

これはどういうことかというと、琴古流本曲成立当初と、近代以降に整理された現行の琴古流本曲では、裏の曲が大きく異なっており、その影響で「36曲」を揃えるために表の曲のカウントが変化して「表20曲」になってしまっているわけです。

琴古流成立当初の本曲

【表18曲】
・古伝三曲
霧海ヂ鈴慕、虚空、真虚霊(前吹盤渉調)
・行草の手6曲
瀧落、秋田菅垣、転菅垣、九州鈴慕、志図の曲、京鈴慕
・真の手9曲
琴三虚霊、吉野鈴慕、夕暮、堺獅子、打替虚霊、葦草鈴慕、伊豆鈴慕、鈴慕流、鶴の巣籠

【裏18曲】
・曙調子(霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕、転菅垣、栄獅子のロ一移調)
曙鈴慕、曙虚空、曙菅垣、曙獅子
・雲井調子(霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕、転菅垣、栄獅子のリ一移調)
雲井鈴慕、雲井虚空、雲井菅垣、雲井獅子
・三谷菅垣
・下野虚霊
・目黒獅子
・吟龍虚空
・佐山菅垣
・下り葉
・波間鈴慕
・呼返鹿遠音(秘曲)
・鳳将雛(細川月翁作曲)
・碪巣籠(3世琴古作曲により追加、それ以前は「裏17曲」)

この「裏18曲」のうち、現代では黒沢琴古の手付けした「曙調子」「雲井調子」の計8曲は実際には演奏されません。すると、36曲から「8曲」が減ってしまいます。

その分を補うように、現行では、
・「一二三鉢返調」を曙調子に移調した「曙調」
・江戸時代末期に、奥州の千歳市という盲人が作曲し江戸で流行、荒木竹翁が16、7歳の頃習得したという「曙菅垣」(琴古流成立当初の「曙菅垣=曙調子の転菅垣」とは別曲)
・薩摩太守の息子、盧月公(一閑、2世琴古の門人)作曲、碪巣籠の前吹である「芦の調」が1曲として独立
・久松風陽作曲、碪巣籠前吹の「厂音柱の曲」が1曲として独立
・荒木竹翁が晩年まで推敲をつづけた未完の「月の曲」を1曲としてカウント
これで8曲のうち5曲を回復しましたが、まだ3曲足りません。

そこで、「表の曲」に
・「一二三鉢返調」を1曲としてカウント
・「真虚霊」の前吹である「盤渉調」を1曲とカウントもしくは、「虚空鈴慕」の一閑流替手を1曲とカウント
・「一二三鉢返調」の中に挿入されている「寿調(長調とも)」を1曲とし、裏の曲の「月の曲」のあとに回してカウント
という操作をし、結果「表20曲」「裏16曲」合計「36曲」と相成っているというわけです。ただし「表18曲」「裏18曲」という言い回しが、曲数がずれた現代でも定着してしまっている感があります。

現行の琴古流本曲の曲目をまとめると、以下の通りです。

【表20曲】
・一二三鉢返調
・行草の手(学行の手)
瀧落の曲、秋田菅垣、転菅垣、九州鈴慕、志図の曲、京鈴慕
・古伝三曲
霧海ヂ鈴慕、虚空鈴慕(一閑流虚空替手)、盤渉調、真虚霊
・真の手
琴三虚霊、吉野鈴慕、夕暮の曲、栄獅子、打替虚霊、葦草鈴慕、伊豆鈴慕、鈴慕流、巣鶴鈴慕(旧名:鶴の巣籠)

【裏16曲】
・三谷菅垣
・下野虚霊
・目黒獅子
・吟龍虚空
・佐山菅垣
・下り葉の曲
・波間鈴慕
・鹿の遠音
・鳳将雛
・曙調
・曙菅垣
・芦の調
・厂音柱の曲
・砧巣籠
・月の曲
・寿調

合計36曲

「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年4月2日日曜日

「而今の会」演奏曲目を公開しました!

「而今の会」ブログにて、演奏曲目を発表しました。

【曲目発表!!】H29.4.1

「而今の会」メンバー3名の自己紹介記事

「而今の会」ブログにて、メンバー3名の自己紹介記事が出揃いましたので、この場でご紹介します。

・東啓次郎さんの記事
【東 啓次郎只今参上‼】H29.3.18


・大庫こずえさんの記事
【原点回帰のきっかけはFacebook】H29.3.25


・山口籟盟の記事
【兼業尺八家・山口籟盟】H29.3.26


どうぞ、ごらんください!

【web演奏会】10分で琴古流本曲「葦草鈴慕」

29回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(17)「葦草鈴慕」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち17曲めは、「葦草鈴慕(いぐされいぼ)」です。「琴古手帳」によれば、18曲目の「伊豆鈴慕」とともに、勇虎尊師より伝来したということです。

武蔵国青梅の鈴法寺が、天文元年(1532)から慶長18年(1613)までは、武蔵国川越の葦草村にあり、その鈴法寺の「鈴慕」を「葦草鈴慕」と呼んだものであるようです。鈴法寺は、一月寺とともに虚無僧寺の総本山であり、初代黒沢琴古はその両寺の「吹合」(指南役)を務めていたことなどを考えると、琴古流本曲の中でも地元・関東の色彩を色濃く残した楽曲であるようにも感じられます。さらに黒沢琴古に同曲を伝授した「勇虎尊師」は、前にも述べた通り「琴三虚霊」の曲名変更に泰巌尊師とともに立ち会ったり、琴古流本曲全曲の曲名や曲順の決定にも大きく関係した人物でもあるようです。

私事ですが、実は私は竹盟社師範・吉村蒿盟師に入門以来、1年間半ほどは「本曲のみ」お習いするようお願いしてしまい、吉村先生はその願いを快く聞き入れて下さって「打替虚霊」までの16曲を稽古してくださいました。当時の自分は本曲に傾倒しており、「尺八は本曲のみでよい」と考えていたのです。しかしお習いするうちに、竹盟社の外曲の素晴らしさにもあらためて心を惹かれ、「打替虚霊」のあと再度お願いして「黒髪」「六段」から稽古を付けていただきました。外曲は曲順通り、生田も山田もお習いし、「八重衣」「残月」を終えて、再び本曲を、というときの記念すべき1曲目がこの「葦草鈴慕」で、大変感慨深かった思い出があります。そのお稽古の時、吉村先生が松村蓬盟先生に習われた時のエピソードとして、かつて大阪平野が葦に覆われた湿地であったお話や、松村先生ご自身がこの曲を気に入られていたことなどをお話しされていて、心に残っています。

そういった思い出を心に浮かべながら、穏やかな3月の午前中に、自然な心持ちでこの曲を演奏することができ、大変ありがたいものであります。


「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年3月19日日曜日

「而今の会」ブログ更新のお知らせ

今回は、長野県在住・山田流の大庫こずえさんが、会場の下見の様子をレポートされています。

どうぞご覧ください。



2017年3月13日月曜日

「春はあけぼの。」ライブ、終わりました&「而今の会」ブログ更新しました

「而今の会」のブログを更新しました。
ライブ「春はあけぼの。」の感想なども書いています。
どうぞ、ご覧いただけると嬉しいです。



http://nikonnokai.blogspot.jp/2017/03/blog-post.html


なお、「春はあけぼの。」ライブより、
2、「椿咲く村」(福田蘭童)
3、「みだれ」(箏曲、尺八素吹き)
4、「鹿の遠音」(琴古流本曲、独奏)
の3曲を、YouTubeで公開しております。

もしよろしければ、ご覧下さい。





2017年3月9日木曜日

福田蘭童作曲「椿咲く村」

福田蘭童作曲「椿咲く村」
今度の日曜日、久留米市シティプラザ横「六角堂広場」でのライブで演奏します。

福田蘭童は、久留米市出身の洋画家・青木繁の子であり、最近筑後地方で演奏の機会があるときには、時々選曲に入れています。蘭童の弟子が横山勝也師ということで、竹心会系統の方は本曲に準ずるような形で力を入れて伝承されていますが、そちらとは別に「琴古社の蘭童曲譜」というのも数曲出ているようですね。裏面の解説文に、今ではかなりの知名度を持つ蘭童作品が、かつては不遇の扱いを受けられていたことや、同氏の作品に対する佐藤晴美の熱い想いが感じられます。

久留米市で「椿」といえば、市内でもうきは寄り、田主丸の手前にある「草野町」が脳裏をよぎります。ここは「椿」で有名で、「久留米つばき園」や「世界のつばき館」といった、たくさんの椿を鑑賞できる場があります。僕も4年前の今頃、「久留米つばき園」を訪れ、その種類の多さにびっくりした覚えがあります。

福田蘭童が、草野町を具体的にイメージしていたのかはわかりませんが、今回久留米市中心部での演奏ということで、この曲を取り上げてみました。竹心会の方からきちんとお習いしたわけではありませんが、自分なりの「椿咲く村」を演奏できたらなと思っています。







2017年3月5日日曜日

「而今(にこん)の会への思い」を投稿しました。

「而今の会」のブログ記事を執筆しました。

この演奏会にかける思いや意気込みを述べていますので、是非ご覧頂けますと嬉しいです。



2017年3月2日木曜日

六角堂「春はあけぼの。」出演

お知らせです。

来る3月12日(日)、久留米市中心部にある「久留米シティプラザ・六角堂広場」にて開催される「春はあけぼの。」という和楽器演奏のイベントにて、演奏させていただくことになりました。

山口籟盟による琴古流尺八の独奏のほか、大正琴ユニット・70’s小町(ナナマルコマチ)さんとの共演で「恋ダンス」の演奏も行います。また、同イベントには筑前琵琶奏者の石橋旭姫さんもご出演の予定です。お近くの方、ぜひ足をお運びいただけましたら嬉しいです。

詳細は、以下の通りです。

日時:平成29年3月12日(日)11:00〜16:00
会場:久留米シティプラザ・六角堂広場
イベント名:「春はあけぼの。」
タイムテーブル
13:00〜山口籟盟(最後に70’s小町さんとの「恋ダンス」)
14:00〜大正琴ユニット・70’s小町さん
15:00〜筑前琵琶・石橋旭姫さん
演奏予定
・日本古謡「さくら」
・福田蘭童作曲「椿咲く村」
・箏曲「みだれ」
・琴古流尺八本曲「鹿の遠音」
(以上、尺八独奏)
・「恋」(70’s小町さんとの合奏)


2017年2月27日月曜日

【ジョイントweb演奏会:中村 建・山口籟盟】琴古流本曲『鹿の遠音』

【ジョイントweb演奏会:中村 建(北海道)・山口籟盟(福岡県)】
琴古流本曲『鹿の遠音』

Facebookでお知り合いになった、北海道大学の中村 建さん(琴古流尺八荒木派)と、福岡県在住の山口籟盟(琴古流尺八竹盟社)による、「オンラインでの共演」です。

中村さんとの出会いは、昨年夏にたまたま出会った『八段』のYouTube動画でした。北海道大学邦楽研究会の夏の演奏会の映像で、あの難しい『八段』の尺八を「この人は琴古流の専門家か!?』というような説得力のある技法と音色、合奏技術で演奏されていて、驚愕した覚えがあります。他に動画がないかと検索してみると、『四季の眺』などの動画もあり、『八段』と同様に素晴らしい演奏でした。また大学3年生のときの定期演奏会では『残月』を披露され、1曲を暗譜による気迫の演奏で通されたのには「圧巻」の一言につきるものがありました。さらに、年を越して今年の1月には琴古流本曲の演奏動画も公開されるなど、学生さんとは思えない古典の演奏力を発揮され、精力的に活躍中です。

中村さんは長野県のご出身で、琴古流荒木派のお父様に師事されたとのことで、幼少期より古典の素養を身につけた端正な尺八を吹かれていたという話も耳にしました。地元の高校を卒業後、北海道大学に進学され、有島武郎の研究をされているということで、日常を和服で過ごされたり、旧漢字・旧仮名遣いを使用されたりするなど、自分との共通点も多く、「ああ、学生時代に出会っていたら、きっと気の合う友人としていろいろ交流できただろうな」などと思ったりしました。Facebook友達になってからも、尺八を始めいろいろな話題でメールが盛り上がり、「ジョイントweb演奏会でご一緒にいかがですか?」とお誘いしてみたところ、快諾していただきましたので、琴古流本曲の代表曲『鹿の遠音』の吹合せをさせていただきました。

以前、中村さんの動画をFacebookでご紹介させていただいた時も触れましたが、中村さんの芸は琴古流の中でも「荒木派」といって、戦前の名人として名高い3世荒木古童の芸系となります。飾らない気骨あふれる音色と、流麗なアタリやスリといった技巧が組み合わされ、今ではなかなか聴くことのできない、琴古流古来の伝統の技が平成の現代に至るまで脈々と受け継がれてきた貴重な本曲です。学生邦楽や若手奏者には、管楽器としての尺八奏法に秀で、洋楽の知識も深く、本当にお上手な方がたくさんおられます。しかし、この中村さんのように、幼少期からの古典の素養と高い演奏力を持った、こうした古来の琴古流の技を、この若さで実現できているというのは、本当に稀有な例なのではないでしょうか。

中村さんとも、何度もメールで音源のやりとりを行いながら「オンライン下合わせ」を重ね、曲を仕上げていきました。「鹿の遠音」は「掛け合い」の形で2管の尺八が交互に演奏をしていく形式のため、それぞれの演奏をどのタイミングで重ねていくかなども、パソコンによる音源の合成操作を重ねながらあれこれ試し、合奏を作り上げていきました。また、年始には郷里に帰られたタイミングでお父様との合奏の音源を送ってくださり、大変勉強になりました。お父様には、この場をお借りして御礼申し上げます。掛け合いの回数やタイミングは、荒木派の方法をベースにしています。

今回の「オンラインの共演」は、九州と北海道という、日本でも地理的に最も離れた2人の奏者による「鹿の遠音」となります。しかし、場所は離れていても、琴古流本曲に対する熱い思いをしっかりと共有でき、本当に楽しい共演をさせていただきました。中村さんには、今後ともますます研鑽され、ぜひともご活躍されますよう、心より応援申し上げております。どうぞご視聴よろしくお願いいたします。

~共演者・中村 建さんよりコメント~
昨年より山口様は「オンライン共演」に取り組まれてをられますが、この度「鹿の遠音」を演奏するに當たつて私のごとき未熟者をお誘ひ頂き、誠に難有うございました。これまでの「オンライン共演」の曲目とは異なり、拍節が一定しない(或いはない)「鹿の遠音」を「オンライン共演」の形で演奏するのは、色々困難もあるやうに感じました。今後、色々研究が必要かと思ひます。是非とも山口様と直接お會ひして合奏出來る機會があれば幸ひです。




2017年2月25日土曜日

2017年2月23日木曜日

「而今(にこん)の会」始動しました!!

お知らせです。

ジョイントweb演奏会でご一緒に演奏をさせて頂いた、山田流の大庫こずえさん、生田流の東啓次郎さんと、8月に長野古典のライブをさせて頂くことになりました。

「而今(にこん)の会」と名付けたこの企画、これから夏に向けて精一杯頑張って行きたいと思います。ともに三曲の古典を愛する同志に恵まれ、本当に幸せです。

大げさな言い方ですが、このライブでは、ただ単に古典のライブをやるというだけでなく、会のコンセプトや、開催に至るまでのステップを公開していくことなど、これまでにない新しい価値観を提示して行けたらなと願っております。

会のブログを立ち上げましたので、ご覧頂けましたら、そして当日はぜひとも足をお運び下さいましたら、幸いでございます。古典のライブ「而今の会」を、どうぞよろしくお願い申し上げます!!

http://nikonnokai.blogspot.jp/

2017年2月20日月曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「打替虚霊」

28回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(16)「打替虚霊」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

前回は無謀にも、琴古流本曲最長の曲「栄獅子」を全曲通しで公開させていただきましたが、2月から本来の企画どおりにもどし、「10分程度」としております(今回、いつもよりちょっと長めですが)。

さて、琴古流本曲表のうち16曲めは、この「打替虚霊(うちかえきょれい)」です。「琴古手帳」によれば、「右者清山寺御本則川原丹蔵ヨリ傳来仕候尤も吹合所ニ而罷在候」とあり、清山寺の川原丹蔵より、初代琴古が伝授したようです。

演奏してみると、まず「虚霊」ならではの「イキナヤシ」と呼ばれる手法が印象的です。これは「二四五のハ」という手法を乙・甲で行き来するのですが、この音は乙と甲では1オクターブを超え、9度の音程で交互に音が現れる特徴的な響きとなっています(詳細は「真虚霊」の解説をご覧下さい)。「琴三虚霊」では「虚霊」と名が付いていても、イキナヤシもなく、特に「虚霊らしさ」が感じられなかったのに比べ、この曲はやはり「虚霊なのかな」と思ってしまうのは、この技法の有無によるところだと思います。ただ、最初のイキナヤシは「真虚霊」とはちょっと違ったリズムパターンに、2回めのイキナヤシは「真虚霊」に比べて1往復減った手になっています。

また、曲全体の構成を見ると、全曲を通した場合、「A A’ B(高音) A’」とでも言うような、同じ旋律のかたまりの繰り返しが感じられます。「音楽的に凝った作り」というよりも、「古伝三曲」のような格式高い曲とはまた違った、ちょっと肩の力を抜いて吹ける身近な曲、という感じがしました。

2月後半に九州では「春一番」が吹き、寒さも緩み始め、少しずつ「春の気配」を感じられるようになってきました。折しも土曜の午後、傾きかけた日が座敷に差し、緩やかな心持ちでこの曲をゆったりと演奏することができました。「観賞用」と言えるかはわかりませんが、日常に生きる本曲の姿ということで、ゆったりとした気分で耳を傾けていただければ幸いです。


「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年1月29日日曜日

【ジョイントweb演奏会:東 啓次郎・山口籟盟】 地歌『黒髪』

【ジョイントweb演奏会:東 啓次郎(静岡県)・山口籟盟(福岡県)】
地歌『黒髪』
Facebookでお知り合いになった、静岡県在住の東 啓次郎さん(地歌箏曲)と、福岡県在住の山口籟盟(琴古流尺八)による、「オンラインでの共演」です。
東さんとは、昨年秋にFB上でお知り合いになりました。私が息子にせがまれて「エヴァンゲリオン」のテーマソングを尺八で吹き、それを琴古譜にして公開したところ、興味を示して頂きコメントを下さって、それ以降FB上にて懇意にしていただいております。名古屋で修行を積まれ、現在静岡県にて演奏・教授活動をされている専門家です。
もともと東さんは、演奏動画をYouTubeやFacebook、Twitter上によく投稿されており、「古曲を広めよう」「地歌箏曲のよさをたくさんの人に感じてもらおう」というお気持ちの強さを感じていました。私の方もこの1年、毎月琴古流本曲を1曲ずつYouTubeにアップする活動を続けていて、東さんもよく視聴してくださっていました。そんな中、最近始めた「ジョイントweb演奏会」にも大変興味を持っていただいたようで、共演のお願いをしたところ、快く引き受けてくださいました。東さん、本当にありがとうございます。
実は、僕が学生時代、部室にあった邦楽ジャーナル(創刊号からほとんどが揃っていました)を読みあさっていた時、東さんが載っておられるのを拝見したことがあるのです。2004年の正月でしたか、「邦楽専門家のプロフィール紹介」みたいなコーナーがあり、若手専門家としてご活躍の東さんも掲載されていました。まさかその十数年後に、こうして「オンラインの共演」をさせていただけるとは、本当にありがたいご縁です。東さんはそれ以前の号で、大学の邦楽部を紹介するコーナーを執筆されていたこともあるそうで、「学生邦楽」というものの、邦楽界活性化への影響力の大きさも感じました。
男性・男性による「一挺一管」の黒髪、どうぞご視聴よろしくお願い致します。
〜共演者・東 啓次郎さんよりコメント〜
今回初めてWebでの一挺一管の合わせをさせて頂く事にとてもワクワクして弾かせて頂きました。
黒髪は初歩の曲ながらもとても奥が深く、恋の切なさとやるせなさを歌う事と重みのある音を作る事の難しさを感じます。
短い期間の中での合わせは内容も濃くて、とても貴重な経験をさせて頂きました。
今回の山口様とのご縁に感謝を申し上げます。
機械音痴の所もありますけども、徐々に馴れて行ければと思いますので今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
『黒髪』
地歌。三下り端歌物。初世湖出市十郎作曲(『歌曲時習考』)。『新増大成糸のしらべ』(1801、享和1)に詞章初出。市十郎の上方在住中に作られた芝居歌が地歌に遺存したもの。長唄のメリヤス物として現行される同名曲とは多少の異同がある。地歌としては、その後初世鈴木万里が大坂で弾きはやらせたといわれ、初世津山検校が得意として「津山ぶし」といったとも伝えられる。箏の手もさまざまに付けられ、舞地としても行われる。
歌詞
黒髪のむすぼれたる思ひをば、とけて寝た夜の枕こそ、ひとり寝る夜はあだ枕、袖は片敷く妻ぢゃといふて、愚痴な女子の心は知らず、しんとふけ行く鐘の声、ゆふべの夢の今朝さめて、ゆかしなつかしやるせなや、積もると知らでつもる白雪

2017年1月25日水曜日

リップクリーム

冬の乾燥は僕にとって天敵で、唇や顔の皮膚が乾燥してバリバリになると、まず尺八の調子が悪くなってしまうので、日々のケアには細心の注意を払っています。

風呂では唇の角質を落とし、上がったらゆふいんの温泉濃縮液、パックスの自然派化粧水、同じくパックスのベビーオイルをぬり、マスクで保湿して寝ています。冬の間は、家でも、そして職場でも差し支えない時は常にマスク。全ては尺八の調子を維持するためです。

しかし、ここ数日の寒波で、乾燥が酷く、今日はもう甲の高い方の音がスカスカになってしまいました。特に本曲での、甲の五のヒの延ばしと、その後のスリ(アゴでのカリ上げ)は、ひどい有様になってしまいました。

そんな僕を見かねて、妻が出してくれたのが、このリップクリームです。

個人的にリップクリームは苦手で、尺八を吹く前に塗るとまずいいことがありませんでした。「唇が保湿される」というよりも、「唇の上に膜ができる」ような感じになってしまい、かえって音が出なくなってしまうのです。

なので、最初は僕も難色を示したのですが、かなり勧められた上、今日は平日だし、ダメ元でやってみるかという気になって塗ってみました。すると!!なんと、これまでのリップクリームと違って「膜ができる」感じがなく、しかもその後吹いてみると、塗る前よりもかなり調子が良くなっていたのです!甲の五のヒやスリも、クリアに出せました。

妻によると「オーガニック生活便」という、自然派商品の通販で買ったんだそうです。冬の強い味方ができて、心強いです!


2017年1月21日土曜日

レガシィの洗車

レガシィを洗車しました。
雪のあとはやっぱりよごれがひどいです。




僕にとって「洗車」は「心の洗濯」とでもいうか、磨いているのはもちろんクルマなんですが、それと同時に心もきれいにしているような感覚があります。だから、クルマのコンディションがけっこう自分の精神面のバロメーターになっているというか、クルマが手入れされてなくて汚れているときは自分自身にも余裕がないときだったり、マメに洗車できているときは精神的にゆとりがあるときだったりします。

動植物や庭などが好きで、散歩や世話、手入れなどを熱心にされる方がおられますが、僕の場合はそれがクルマのようです。




…と、庭に目を転じると、妻が先日植えていたチューリップがなんと咲いているではありませんか!少しずつ春に近づいているのですね。これは「バレンタイン・チューリップ」といって、この季節のもので、園芸屋さんに勧められたのだそうです。




こういう「心のゆとり」って、大切ですね。最近、ちょっと忙しくて、こういう大切なものを失っていました。今日はゆっくり目に過ごすことにします。

2017年1月14日土曜日

山口五郎先生の「尺八のおけいこ」

有名な山口五郎先生のNHK教育テレビ「尺八のおけいこ」のテキストブックです。





僕が郷里で尺八を始めるきっかけを作ってくださったのは、実は都山流の先生だったんです。なので、尺八を始めた12歳の冬から高校を卒業するまでの足掛け7年間、僕は都山流の尺八をお習いしました。今は琴古流ですが、振り返ってみると、最初が都山流だったというのは自分にとって重要な経験だったように思います。

このテキストブックは、その頃(中学の時でしたか)に、その都山流の先生が見せて下さったものです。当時はまだ、五郎先生は存命だったはずです。

練習の最中に、奥の本棚から「こんなものがあるよ」と出してきてくださいました。その時は「山口五郎」という名前を記憶したように覚えていませんが、とにかく黒縁眼鏡をかけた温厚な雰囲気の紳士が、焦げ茶色の曲がった尺八を吹いておられた印象と、先生がおっしゃった「この方が、日本で一番尺八の上手な人だ」という一言が印象に残っています。

だいぶ前、帰郷してその先生のもとにご挨拶に行った折からずっと「お借り」して、大切に持っております。



琴古流竹盟社に転じた目であらためて見てみると、とにかく圧巻なのが上巻表紙の、五郎先生の吹き料の写真です。この風格と存在感、もう圧倒的ですよね。しかも割れが入っていて、「音が変わらないように、巻きを入れてない」とお聞きしたことがありますが、その簡易修繕の跡まではっきり見て取れます。とにかくこの使い込まれた、竹の繊維に染み込んだ五郎先生の一息ひといきの積み重ねが実感される写真です。




姿勢のお手本の写真では、あの五郎先生(四郎先生)独特の、「上の手の小指を裏に巻き込んだ」持ち方をされていない、珍しい写真です。五郎先生は本来は逆手ですが、手も左右反転して、標準的な「右手下、左手上」にされています。





このテキストでは、全編にわたって琴古譜・都山譜、そして五線譜の3種類の楽譜が併記してあります。今でこそ他流派同士の分け隔てない交流が盛んですが、あの当時にこうした講習形式をとっておられたのは、大変先進的だと思います。他流派の譜面や音符の研究資料としても、インターネットなどない当時には重宝したと思われます。




昭和57年は、僕が生まれた年です。この番組で、ジョイントweb演奏会で演奏した「千鳥の曲替手」が、オープニングで流れたわけですね!



【ジョイントweb演奏会:大庫こずえ(長野県)・山口籟盟(福岡県)】
『千鳥の曲』山田流本手・山口五郎先生手付尺八替手

2017年1月7日土曜日

【ジョイントweb演奏会:大庫こずえ・山口籟盟】『千鳥の曲』山田流本手・山口五郎先生手付尺八替手

【ジョイントweb演奏会:大庫こずえ(長野県)・山口籟盟(福岡県)】
『千鳥の曲』山田流本手・山口五郎先生手付尺八替手

Facebookでお知り合いになった、長野県在住の大庫こずえさん(山田流箏曲)と、福岡県在住の山口籟盟(琴古流尺八)による、「オンラインでの共演」です。

大庫さんと、再び「ジョイントweb演奏会」をさせて頂くことになりました。曲は、新春ということで『千鳥の曲』です。

前回の『秋の七草』で、久しぶりに山田流箏曲との合奏の楽しさを味わい、大庫さんの美しいお唄と爪音が心から離れず、もう一度共演のお願いをしてしまいましたところ、快く引き受けてくださいました。

選曲の過程で色々音源を聴くうちに出会ったのが、私が以前、とある恩人から頂戴した、『琴古流尺八・山口五郎の三曲〔山田流篇〕(Toshiba 1979)』というLPレコードです。このレコードの第3面に、唄・箏:中能島慶子、尺八:山口五郎の一面・一管での『千鳥の曲』が収録されていました。

久しぶりに聴いてみると、なんと箏は本手、尺八は手事の部分があの山口五郎先生手付の尺八替手という演奏になっていました。

五郎先生の「千鳥替手」といえば、1982年放送のNHK教育TV「尺八のおけいこ」の開始曲として尺八二重奏が使用されたり、コロムビアのCD『人間国宝シリーズ5、尺八・山口五郎』に尺八四重奏(ベースは本手・替手二重奏)として収録されるなど、その美しい旋律は大変印象的であります。『山口五郎の三曲』のLPを聴いて、「箏本手・尺八替手」の合奏もとても面白いと思い、大庫さんに相談して、今回の合奏の運びとなりました。

今回も、音源のやり取りやオーバーダビングしてのチェックなど「オンライン下合せ」を年末より重ね、この年始のタイミングで本番の撮影も仕上がり、このお忙しいシーズンにご一緒させていただいた大庫さんには大変感謝しております。大庫さん、本当にありがとうございました。

~共演者・大庫こずえさんよりコメント~
この曲は、山田・生田 どちらでも演奏されるゆえ、それぞれの音楽的特徴や違いがかえって良く分かるのではないでしょうか。
今回のweb演奏会、2回目の録音計画が丁度新年の時期と重なるということで お互いにこの曲が候補として意見一致しました。
かなり経験を積んだ曲ではありましたので 気持ちとしては不安はなかったものの 録音はなかなか思うようには運ばないものとあらためて感じ入った次第です。



『千鳥の曲』
幕末新箏曲。「古今組」5曲のうちの1曲。「古今和歌集」「金葉和歌集」から千鳥を扱った和歌二首を引用し、それぞれ下の句を反復。吉沢検校の勾当時代に作曲した胡弓曲を、安政2(1855)年に箏曲化したもの。手事はマクラ(序)・本手事からなる。波や千鳥の鳴声などを象徴的に描写する手が用いられることから、マクラを「波の部」、本手事を「千鳥の部」ということもある。胡弓入り合奏や尺八独奏曲としても行われる。

歌詞
しほの山、さしでの磯に住む千鳥、
君が御代をば八千代とぞ啼く、 君が御代をば八千代とぞ啼く
淡路島、かよふ千鳥のなく声に、
幾夜寝覚めぬ須磨の関守、 幾夜寝覚めぬ須磨の関守





Web Site & Facebook URL
大庫こずえ(Kozue Ohkura)

山口籟盟(Raimei Yamaguchi)

2017年1月1日日曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲拡大版、1時間で琴古流本曲!!「栄獅子」

27回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲拡大版、1時間で琴古流本曲!!(15)「栄獅子」】
ふだんは聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けしていますが、今回は全曲通しで「1時間」に迫ります!

新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます!

今年も「web演奏会」開催していきたいと思いますが、何とイキナリ、しかもスペシャル(?)なweb演奏会です。

そう!いつもは「聴きやすい10分程度(10分でも充分長いのですが)」なはずのこの琴古流本曲シリーズが、何と平成29年新春拡大版で「1時間(正確には50分)」の長丁場となっております!!

琴古流本曲をされている方なら「栄獅子」と聞くと、「ああ、あの長い曲ね」と思われるでしょう。琴古流本曲中、最長の曲であり、山口五郎先生の琴古流本曲の全集での収録時間は「6134秒」をマーク。全12枚組のCDのうち、「栄獅子」だけでディスク1枚を費やしている曲です。

この「栄獅子」を演奏するにあたって、本手・替手の二重奏バージョンにしようか、どこかの段だけ代表で演奏しようかと迷いましたが、栄獅子の一番の個性といえば「長さ」(自分的には)。新春拡大版という名目で、通常ルールを逸脱して全曲ノーカットで動画公開させて頂くことにいたしました!


真面目なモードに戻りまして、琴古流本曲「栄獅子」は、大森宗郡より黒沢琴古が伝授されたとされており、「堺獅子」とも表記されたそうです。大森宗郡(宗勲)といえば、織田信長にも仕えた一節切(ひとよぎり)尺八(中世の尺八)の伝説的な名人ですが、時代的に黒沢琴古とは年代が合わないため、直接の伝承かどうかはちょっと首をひねるところではあります。が、演奏してみると確かに「重々しい重厚な曲」というよりは「短い笛で軽妙に吹いたであろう曲」という感じはします。七段構成で、旋律の繰り返しも多く、かつては1時間もかけずにわりと気楽に吹かれていたのでしょう。曲名に「獅子」と付くことからも、曲の性格がうかがわれます。

しかし、長い時を経るとどうしても一音に重きが置かれ、しだいに曲のスピードが落ちていくのは洋の東西を問わずフォーマル・カルチャー音楽の常。雅楽は千年の時を超えて今のスピードに落ち(素人の私には越天楽以外、曲の判別が難しいほどに)、ベートーヴェンの交響曲も、作曲者本人の速度指示では「早すぎる!」と言われるほどに、現代ではゆっくりな演奏になっています(最近は逆に指示通りのテンポで演奏する復古的な試みもあるようですが)。琴古流本曲も同様で、「どの曲も同じに聞こえる!」といわれても仕方ないほどに、曲のスピードは落ち、指使いや装飾なども定型化し、ある意味雅楽などと似た変化をたどっているようにも思えます。これは琴古流に限らず、一人の人物や流派が曲を収集すると、どうしてもそういう傾向があるようにも思うのですが

話が逸れましたが、そういう理由で現代においては栄獅子は「1時間」という演奏時間を要します。私の演奏は、上記のような一節切風な雰囲気を感じたためややテンポが上がって演奏時間が縮まりましたが、でもそれでも50分はかかりました。この長さ、なかなか演奏が大変でした。

今回の撮影では、3テイク演奏しました。テイク1では途中間違えてしまってあえなく失敗。テイク2は最後まで演奏したものの、途中でカメラの電源が落ちてしまって半分しか撮影されていないというショッキングな出来事が。その日はもう諦めて、翌朝トライしたのがテイク3、この演奏となります。

中盤までは気持ちよく吹けていたのですが、暖房が災いして次第に汗がにじみ、尺八とアゴがズルズル滑るようになってしまいました。音が出にくくなり、諦めようとしかけたその時、六段の真ん中くらいで一つミスをしてしまいました(ナヤシの後の送りの点をしそびれた)。それで逆に開き直ることができ、とりあえず最後まで一生懸命吹き切ることができました。終わった時には汗だくでした。

よって完全な演奏ではありませんが、今年きっと一年もいいこともあれば悪いこともある、良いも悪いもトータルで自分の一年だし、諦めなければ最後までゴールできる、という意味も込めて、公開させていただきます。ただ単に「通し演奏をやりとげた!」というだけですが。長距離走の選手の気持ちがちょっとわかりました。

なかなかおられないとは思いますが、もしこの演奏、早送りやスキップなしで全曲お聴きになられた方がおられましたら(〇〇しながらのBGMでも結構です)、「全部聴いたよ~」とかで結構ですので、コメントいただけるとありがたいです。というかこの曲、今後全曲演奏する機会があるのでしょうか


「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。