2017年5月14日日曜日

筑前琵琶の石橋旭姫さんとの共演、再び!

筑前琵琶の石橋旭姫さんとご一緒に、JAPAN TRIODE MEETING FUKUOKAという、世界的なオーディオ・イベントにて演奏させていただきました。

大正8年の建築だというご本堂は、本当に「日本建築ならではの、和楽器本来の響きが味わえる空間」であり、素晴らしいものでした。

今回は世界でも指折りのオーディオ・マニアの方々の前での演奏ということで、照明もほぼろうそくの明かりのみで、かつての日本で純邦楽を奏でていたであろう空間を再現しての演奏でした。海外の方が非常に多かったですが、とても熱心に演奏を聴いてくださり、演奏終了後には琵琶にも尺八にも人だかりができて、熱心に質問をしたり楽器に触れてみたり、演奏の感想を熱く語ってくださったりと、心から「ここで演奏してよかったなぁ!」と思いました。

石橋さん、そして演奏機会をくださったJTM主催の皆様、本当にどうもありがとうございました。

 

2017年5月13日土曜日

【web演奏会】10分で琴古流本曲「鈴慕流」

31回山口籟盟web演奏会【10分で琴古流本曲(19)「鈴慕流」】
ふだんなかなか耳にする機会のない琴古流尺八本曲を
聴きやすい「10分程度」の演奏でお届けするシリーズです。

琴古流本曲表のうち19曲めは、「鈴慕流(れいぼながし)」です。「琴古手帳」によれば、一月寺御本則橋本半蔵(左文)より傳来した曲で、そのときに「葦草鈴慕」を懇望されたので、勇虎尊師に届けた上で交換伝授を行ったということです。

琴古流以外の古典本曲の伝承の中には「流し鈴慕」という曲名も聞きます。同一曲かどうかは詳しく分かりませんが、古来、虚無僧の托鉢行脚の際に吹き流して歩いた曲かと思われます。「鈴慕」という曲名は、普化宗においては「普化禅師の鐸(大きな『鈴』)の音を『慕』って、弟子の張伯が普化尺八の原型の竹笛を吹いて付き従った」という故事から来たものとされていますが、その語源が真実であるならば、漢文の文字列(動詞が目的語の前に来る)からして「慕(レ)鈴」となるべきはずであり、実際には「れんぼ(恋慕)」という一節切の曲にそうした伝説を結びつけた、後付けの当て字と解釈すべきものであるようです。ただ、この「鈴慕」が名前に含まれる琴古流本曲・古典本曲は実に数が多く、もともとは「虚無僧が托鉢で吹き流す曲」というニュアンスを持つタイトルだったのが、「巣鶴鈴慕(琴古流における「鶴の巣籠」の改名されたもの)」のように単に「尺八の曲」というだけの意味を持つ接尾語みたいに使われるようにもなり、これが「〇〇鈴慕」という楽曲が爆発的に増えた原因なのではないかと考えられます。「むかいぢはれんぼの和名」と記す古書もあることから、一番最初は「霧海篪=鈴慕」であったとする説も聞いたことがあり、それが事実であるとすると琴古流における古伝三曲の1曲目が「霧海篪鈴慕」というタイトルであるのは、非常に歴史的にも的を得た題名であるように思えます。また、確かにこの「鈴慕流」も「霧海篪鈴慕」と共通する旋律形(「ヒゝゝゝゝ…」の多用など)は感じられますので、元をたどると「霧海篪」と関係する楽曲なのかもしれません。現在では「古伝三曲」として重く扱われる「霧海篪」ですが、昔は本曲は「霧海篪鈴慕」「虚空」から習っていた(琴古流本曲の曲順においても、かつては最初の楽曲であった)という話も聞いたことがありますし、そうであるならば、「尺八で最初に習う曲=鈴慕」ということで、その後に習う多くの楽曲が派生形としての「〇〇鈴慕」であるというのも首肯できます。…小難しい話がいろいろと出ましたが、まあいずれにせよ「〇〇鈴慕」という楽曲が数が多く、どれも虚無僧が托鉢時に「吹き流した」という性質を受け継いだものであるということからすれば「鈴慕流」という楽曲名は、そうした「鈴慕」たちの中でも、かつての本質をより濃く残す1曲なのかもしれません。

ちなみに、web演奏会「10分で琴古流本曲」シリーズのアクセス数を見ると、「琴古流本曲の10分程度の抜粋」という同一条件ながら、やはり楽曲ごとに人気の差があるようで、ここ最近にアップした曲の中では「葦草鈴慕」はやはり「楽曲がいい」というご評価を頂いたというか、実際にアクセス数も他の曲より多めだったり、「いい演奏でした」という暖かいコメントもいつもよりも沢山頂いたように感じました。その「葦草鈴慕」を橋本半蔵に「懇望」されて初代琴古が伝授したというのも、平成の現代のネット上の演奏結果からみても「なるほど!」と思うものであると同時に、この「鈴慕流」も演奏してみると確かに独特の趣があり「いい曲だなぁ~」と感じるものであります。琴古流本曲の中でも人気曲の方であり、NHKラジオなどでも時々取り上げられています。「流す」という語感が当てはまるような「レーゝー、ツメ~レーゝー、ツメ~レー、ヘー」という旋律形があり、個人的にも大変気に入っています。この「10分で琴古流本曲」という取り組みを始めたきっかけが、「琴古流本曲の受ける不当に低い評価を少しでも改善したい」という思いがあったわけですが、まさにこの取り組みの結果、こうした傾向が浮上したということはとても嬉しいことであり、やりがいを感じた次第でありまして、いつも動画をご覧いただいているみなさまには心より感謝申し上げると同時に、今回の「鈴慕流」もぜひご視聴くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。



「山口籟盟web演奏会」は、ふだんなかなか耳にする機会のない

尺八音楽を、インターネット上で公開する取り組みです。

2017年5月5日金曜日

アゴあたりのすべり防止には、ベビーパウダー

暑い季節が近づいてきましたね。

この季節が来ると、僕の心配事は
「アゴあたりがズルズルすべること」
です。

冬は乾燥肌、夏は汗っかき…
困っています。


今日も、「笹の露」「残月」といった長い曲を練習すると、アゴのところに汗がにじみ始め…


…と、たまたま思いついたのが、
「アゴあたりにベビーパウダーを塗ると解決するのでは!?」
という思いつきなのです。



なぜ「ベビーパウダー」を持っているかというと、実は尺八とは完全に別件で、クルマのメンテナンスに使用するために最近購入していたのです。

そのメンテナンスというのは、こちら

レガシィのダッシュボードが、経年変化でべたつき始めたので、半信半疑ながらこの通りにやってみたのでした。ちなみに、こちらの方は本当にうまくいったので、ブログでレポートしなければ…と思いながら、そのままになっていたんですが…



話を戻しまして、で、尺八のズルズルすべりに効果があったかというと、ありました!!


汗がにじみ出て、普段だったら「こりゃ、やばい!」というレベルになる、額の汗、首筋の汗が気になるレベルになっても、アゴあたりだけは嘘のようにいつもの通りです。

これは、個人的に非常に大発見でした。

どのくらいの量を、どのタイミングで塗れば適切なのか、といったあたりはこれから研究を要しますが。尺八のアゴあたりにベビーパウダーが着くのが気にはなりますが、とりあえず夏の汗かきシーズンを無事乗り越えられるのであれば、有力な対策法が見つかったと言えそうです。また、詳しく使用方法が固まりましたら、続編のレポートをさせていただきます!

2017年5月3日水曜日

今日で5年目

吹料である、利道道仁銘の八寸管が手元に来て、ついに5年を迎えました。


※本日5年目を迎えた利道道仁銘八寸管


※吹き始めた当初の写真


吹料(ふきりょう)とは、「その竹で尺八家として身を立てていく楽器」というようなニュアンスの言葉で、琴古流において愛管・メインの尺八(特に八寸管)を呼ぶ時に使います。この言葉の詳しい成立過程は存じませんが、雰囲気的には虚無僧がその竹を吹いて托鉢し生きる糧を得るとか、尺八のお師匠がその竹で教授活動や演奏活動を行なって生計を立てていくとか、そんなフィーリングです。例えば山口五郎先生のあの焦げ茶色の曲管、あの五郎先生の「身体の一部」であるかのような存在感、まさに琴古の「吹料」という言葉の代表格のような竹だと思います。



5年前の53日、ゴールデンウィークの初日は、関西から郷里・福岡に転勤して最初の年でした。息子が生まれる直前で、妻は里帰りしており、僕はひとり愛車・レガシィに乗って阿蘇の利道さん宅までウキウキしながらアクセルを踏んでいました。何だかとても昔のことのような、しかしまた割と最近の事のような気がします。


あれから5年、前よりは少し色がつき、上管の中継ぎ部分にヒビが入ったので利道さんご本人に一巻き修理していただいた以外は特にノントラブルで今日までたくさんの演奏を重ねることができました。「古管」ではないのですが、僕自身が「九州の竹の音色」を感じながら、自分の楽器として琴古流尺八の演奏をしていく上で、とても自分に似合った竹だと思います。特に「リ」の音色が気に入っていて、これは吹き始めた時から僕の中で大きなポイントの一つです。琴古の竹は、乙のロばかりがビンビン鳴るようにはなっておらず、レとか、リとか、それぞれがしっかりとした音色のキャラクターを持つようにバランスよく作ってあると聞いたことがありますが、まさにそんな感じです。本曲の特殊な手も全てきちんと出ます。現代管の中には、ピッチや鳴りを重視した調律を優先することで、かなり特殊な本曲独特の指使いは鳴らなくなってしまっている尺八も多いのです。



利道さんは残念なことに数年前に亡くなってしまわれましたが、この尺八を大切に演奏し続け、その音色をこれからもたくさんの方に届けて行きたいです。自分が老いた時に、焦げ茶色の「古管」になっているのを目指します。

2017年4月29日土曜日

「地歌箏曲を楽しむ」とは

三曲界に身を置いていると、「古曲」「古典」という言い方をよく耳にします。



いわゆる「地歌箏曲」を「古曲」「古典」と呼ぶようになったのは、もちろんその対義語としての「新日本音楽」「新邦楽」「現代邦楽」が出現したからというのも理由の一つでしょうが、その呼び名のニュアンスからして「伝統的で正当なもの」「崩したりよそに漏らしたりしてはいけない伝承曲」あるいは「昔の古臭い面白くない曲」というような、様々な思いが含まれている言葉のように感じています。

僕自身は「古曲」「古典」という言い方は個人的にあまり好きではなく、基本的に「地歌箏曲」とか「三曲合奏」とか呼ぶようにしています。それは上記のような付随するニュアンス抜きに、単純に「そういうジャンルの一つの音楽」として捉えたいからです。そして僕はこの「地歌箏曲」がとても好きで、尺八奏者としてのレパートリーの中では琴古流本曲とともに「琴古流尺八の両輪」として大切に演奏していますし、音楽として楽しんでいます。



さて、この「地歌箏曲」が今後どうなっていくのか、もっと言うと音楽としてこれからの時代生き残っていくのかということを考えてみると、正直結構つらいのではないか…と予想されます。

理由なんですが、音楽的に考えてみると、まず1曲の長さが人間本来の集中力を大きく超えるほど長い。短い「六段」や「八千代獅子」でも10分弱はかかりますし、「八重衣」などは30分弱。シングルレコードの1曲は3分程度、これが通常一般の人間が特別な訓練なしに1曲を集中して聴ける時間なんだそうですね。クラシックの中でも、バロック時代の楽曲からモーツァルトくらいまでは、1曲の区切りが結構短い(短い区切りがかなり何曲も続いて1曲のまとまりになってはいますが)。王侯貴族が聴いて楽しんだり自分が演奏したりするために作っていた楽曲は、やはり「人間本来の集中力」を大きく逸脱していないわけですね。

それが、クラシックの世界でも、ロマン派以降はどんどん1曲の長さが長くなっていき、マーラーに至っては交響曲の長さが1時間を超えたりします。これは音楽の楽しみ方が「オトナの背伸びした教養」的な要素が強くなってきたこととも関係しているのではないでしょうか。ブラックのコーヒーとか、ビールの苦みとか、もちろん「味覚」として純粋に好きな人も元来いる(僕自身も両方好きです)でしょうが、「オトナの味覚」に憧れてというか、そういうのが「カッコイイ」「ステイタス」みたいな感じで、最初は苦手なのを「慣らしていって」好きになるみたいな要素があるじゃないですか。クラシックも地歌箏曲も、そういうところがあるんじゃないかと思うんですよね。ジャズにもそういう要素があるそうで、ネット上でジャズ・ギタリストが話題にされていたブログ記事も読んだことがあります。


しかし、インターネットが普及する前の情報量が限られていた時代と違って、今はあふれるくらいの情報量、音楽一つとってもあらゆるジャンルの楽曲や演奏動画がYouTubeで視聴できるというこの昨今、人々はみんな「カッコつけ」なくなり、みんな自分の価値観に正直ですよね。「いいものはいい」「つまらないものはつまらない」。あえて、初期のガマン時期を乗り越えてまで、人間本来の集中力を大幅に超過する音楽だけを追い求めなくても、本当にたくさんの選択肢があり、心に響く音楽を見つけることができます。「ストイックがカッコイイ」みたいな感じが終焉したとも言えるのではないでしょうか。




さて、話を「地歌箏曲」に戻しますが、なぜこうした音楽が成立し今日まで伝承されてきたかを考えると、「流派」や「社中制度」に支えられた「教授産業(邦星堂・大橋鯛山氏の語)」だったから、というのが現在まで色々調べたり考えたりしてきた僕の最終的な結論です。

ヨーロッパでは、音楽家や画家などが生きていくのを支えたのがパトロンだったそうですね。ケタ違いの巨大な富を持つ諸侯や貴族が、自分の勢力や教養を誇示するのも込みで、お気に入りの芸術家を抱えていた。モーツァルトが幼い頃からあちこち旅したのも、そうした抱えてくれるパトロンを探すためだったようですね。しかし、日本ではその代わりに「家元制度」が発達した。これは、トップのお家元(芸術家)を、複数の支持者(社中内のお弟子さんたち)が支える、いわば「日本版・分担方式のパトロン制度」と言えるというような説明を耳にしたことがあり、僕がこれまで色々調べた中でもっとも納得のいく説明でした(出典は失念してしまいました)。そうすると、「師匠が弟子に芸を伝授」するという体制の維持が、家元制度の維持(芸術家の生計の維持)に直結する。すると、楽曲は奥に行けば行くほど長く、難しくなり「永遠に勉強」方式となる。また、「芸を他に漏らす」ということは上記の体制維持にとって死活問題ともなりうるので、「流派内の囲い込み」も起こる。邦星堂和楽器店で尺八制作をされている大橋鯛山氏のブログで「教授産業」と表現されていますが、まさに地歌箏曲はこうした「家元制度」「社中制度」「教授産業」とセットで、これまで生き残ってきたわけですよね。だから、正直イマイチ良さを感じていなくても「古曲」「古典」などの語で一定の敬意が払われ(あるいは反発派からは「現代邦楽」の対義語・権威主義の象徴として槍玉に挙げられ)ながら、今日まで存続してきたのだと思います。しかし、それもネットの普及による、時代と価値観の変化によってあやうくなってきた、まさに今はそんな段階だと思います。




僕はこの「地歌箏曲」が心から大好きです。それは「音楽として」です。小さい頃からクラシックを身近に聴いてきたことや、高校時代にロックからプログレの方に音楽趣向が移ったことなどから、もともと「長い楽曲」「多様な曲調」には自然と慣れていました。高校時代に自身のバンド結成が失敗に終わり、独学で始めたギターの技術に限界を感じた時に僕を楽しませてくれたのが、少年時代から始めていて自分にとって最も「思い通り」に扱えた尺八という楽器であり、楽器屋で買った「古典ライブラリー」という三曲合奏のテープとの合奏練習でした。邦楽とは無縁の家庭で育ったにも関わらず、ここまで「地歌箏曲」が好きな自分という人間もいるということは、地歌箏曲には上記の「家元制度」や「教授産業」による保護的な生存過程はあったものの、高い「音楽的価値」があるからこそ今日まで伝えられてきたのだと確信しています。そしてまた、日本全国を見渡せば、たとえ小数派であるにせよ、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人というのは、これからも絶対いるのではないかと考えています。僕たちがこれから目指すべきは、こうした「地歌箏曲の音楽的価値」を感じてくれる人に、しっかりと充実した情報や演奏活動をお届けし、多種多様な価値観が並存するこれからの時代の中で、たとえ少数派になりつつも「地歌箏曲を音楽として楽しんでいける環境」を構築し、ともに楽しんでいくことなのではないかと考えています。

ですからもう、「芸の囲い込み」とか、「流派や社中制度の維持」などに躍起になっているべき状況ではないと思うんですね。僕自身が伝統的な琴古流の教授体系の中で初傳から師範を頂くまで教育していただき、そのおかげで今の琴古流尺八の技術を勉強させていただいたことは、心から感謝していますし、幸運なことだったと思います。自分自身は伝統的な教授体系のあり方も好きだし憧れや尊敬の念も抱いていますので、本当はこうした伝統的な教授体系や演奏スタイルまるごと一式の保存・伝承が望ましいと考えていました。しかし、もはや邦楽界の人口減は「待ったなし」の様相ですし、日本全国規模で見ても本当に少数派になりつつある「地歌箏曲ファン」が充実した活動をしていけるためには、もう元来の地域に根ざした「三曲協会」の規模やくくりなどでは難しいということを、地方に移住してから痛感しています。そうした中で考え出したのが、インターネットで演奏動画を配信する「web演奏会」の取り組みや、動画公開やSNS上での交流から得ることができた心から信頼出来る音楽的同志「而今の会」の結成、というわけです。さらに最近、教授方式においても新しい取り組みを始め、ホームページ上で公開の運びとなりました。これから、本当に少数派になっていくであろう「地歌箏曲ファン」とともに、現代のこの状況の中でも純粋に「音楽として」地歌箏曲を心から楽しんでいきたいものだと、気持ちを新たにしている今日この頃です。

2017年4月23日日曜日

「而今の会」メンバー3名による、「笹の露」解説

「而今の会」のブログで、メンバー3名で終曲「笹の露」の解説記事を執筆しました。
(我々の間では「記事リレー」と呼んでいます)

大庫さんは三絃本手の担当なので、楽曲自体の解説を中心に、
【「笹の露」を弾く…】H29.4.9



東さんは三絃本手に対する「箏」の目線から、その弾き手としての立ち位置を、
【箏から目線の笹の露】H28.4.16



そして私、山口は、琴古流外曲としての「酒(笹の露)」についてや、
そこから関連して、歴代の琴古流名手のお酒事情などをご紹介しています。
【酒 復称笹の露】H29.4.23



山口の記事の最後には、「而今の会」メンバー3名でのweb上の談話なども掲載しています。

どうぞ、ご覧いただけますと幸いです。

2017年4月16日日曜日

web尺八セミナー、始めました!!

ふと、自分がなぜ尺八音楽、それも特に古曲・本曲に熱中し続けているのかを思い返してみた。

縁あって地元・福岡県で12歳の時に始めた尺八だが、初めて心からのめりこんだきっかけは、大学に入学して山口五郎先生の音源を聴いたときの衝撃的な感動だった。こんな流麗で美しい古曲が、この世に存在したのか!「鹿の遠音」、なんてかっこいいんだろう!!
雑誌やインターネットで調べてみると、山口五郎先生は「琴古流尺八・竹盟社」という会派の家元であられたそうだ。僕が大学に入門した時には、残念ながらすでに亡くなっておられた。よって、生演奏に接することはできていない。しかしそれ以来、心を捉えて離さないその音色や響き、そして華麗な技巧は、僕が尺八を続けてこられた原動力そのものだ。まさに「憧れ」である。

それ以来、五郎先生のCDや琴古流の楽譜の収集に明け暮れた。尺八をされている知人が「山口五郎の尺八演奏のビデオ、昔NHKの放送を録画したのを持ってるよ」とダビングしてくださったので、その演奏姿を初めて目にすることができ、心から感動した。その頃はインターネットが普及し始めた頃で、YouTubeもまだ存在していなかったのだ。

竹盟社の吉村蒿盟先生に師事することができたのは、こうした自力での情報収集の悶々とした日々が2年近くも経過した、大学2回生の冬のことだった。「学フェス」こと、「全国学生邦楽フェスティバル」を開催されている、邦楽普及団体「えん」さん主催のイベントで、初めて吉村先生とお会いした。竹盟社の竹の音色や古曲・本曲の技法に「これしかない!」と決意を固め、大学の後半2年間は、毎月夜行バスで熊本~関西間を往復し、お稽古に通った。


大学を卒業して関西に就職し、毎週お稽古に通えるようになった。学生時代も含めると合計10年間、吉村先生に直接お習いすることができた。生田・山田の古曲、そして琴古流本曲36曲を習得できたこと、それ以外にも尺八に対する考え方や心構え、また温習会や演奏会などで、本当にたくさんのことを学ばせていただいた。僕の尺八人生の中で、最も充実した学びの時期であったに違いない。


修行時代を終え福岡に帰郷してからは、自分なりに尺八の活動に邁進してきたが、大都市・関西との環境の落差には本当に驚いた。尺八の教室数はもとより、演奏家の人数や演奏会の頻度、電車事情など交通面での利便性、そして地域の方の「音楽」というものへの捉え方そのものが全く異なっていた。いや、僕自身が九州にいた時分が、まさにそうであったはずなのだ。だから、関西まで毎月通っていたのだった…


そのことを痛感して以来、僕は演奏会やライブなどの「実演」の場での活動と並行して、演奏動画をYouTubeやFacebookにアップする「web演奏会」というものを継続して行ってきた。地方での和楽器奏者や邦楽に関心のある音楽ファンは、絶対数が本当に少ない。しかし、その事情はここ福岡県のみならず、首都圏や京阪神、中京といった大都市部以外は、日本全国、同じような悩みを抱えているはずだ。そうした、津々浦々に散らばっている邦楽ファンに、自分の演奏を届けたい。そういう思いでここ2年ほど「web演奏会」を続けてみたところ、望外の反響や暖かい応援のメッセージを頂くことができた。北海道から九州までの各地域、そして海外の方からも自分の演奏を聴いていただける。本当にうれしい気持ちになった。


「学生時代に、もしこんな時代だったらなぁ…」と思いを馳せていたとき、ふと気がついた。演奏でここまで喜んで頂けるなら、きっと「お稽古」も求めておられるかたもおられるのではないか…と。



和楽器の教授体系には、さまざまな種類がある。もっとも理想的なのは、師匠と弟子1対1での伝授だろう。僕自身がありがたいことにこの恩恵にあずかることができた。他にも集団レッスン講習会(セミナー)形式のレッスン、そして今やSkypeなどを用いた遠隔地のレッスンをされている方もおられると聞く。
そんな中で今回、僕が試験的に実施することを決めたのは、「web上でのセミナー形式」の動画配信だ。


「web演奏会」もそうであるが、「生演奏ではない」ということは、こうした動画配信の最大の欠点ではある。特に和楽器のお稽古においては、「師匠から弟子への直接の伝承」「言葉には頼らぬ阿吽の呼吸」「教えぬ稽古」「見て盗む」などが大切であるとされ、実際自分自身もそうした伝統的な「芸の伝授」が最も大きな力を発揮すると確信している。しかし今や、邦楽人口の減少たるやすさまじく、三曲界の衰退、中でも古典曲の後継者不足は待った無しの状況である。そのような状況の中で、この「web上でのセミナー形式」少しでも古典曲に興味を持つ若者の心をつかんで、ゆくゆくは古曲の伝承者として師匠の元に入門したり、あるいは僕自身が習得したり合奏中に感じ取ったりしたことを言語化・実践したものが視聴していただいた方になんらかの有益な情報となったりすることで、邦楽界の活性化に少しでも役立てばと思い、思い切って録画してみることにした。


「web演奏会」についても同様だが、セミナー動画には「生演奏」にはない利点もたくさんある。
  • 時、場所を同じくしなくても、見てもらうことができる。
  • そのため、場所移動や時間の拘束といった負担を、お互い軽減できる。
  • 繰り返し見てもらえる。
  • 「リンク」や「検索」による、たくさんの出会いの機会がある。


また、変な話だが、「web上でのセミナー形式」ということは、入門してのお稽古にない、こんなメリットもある。
  • 直接、面と向かっての関係ではないので「お試し」がしやすい。「入門」「退会」といった点に気を使わなくて良い。
  • 「芸の伝授」ではなく「資料」としての利用価値もある。特に、他楽器、他流派、他会派の方が「情報」として演奏法を知りたい場合など。


「貴重な伝承曲を、このような形で簡単におおっぴらにしていいのか!?」というお声も聞こえてきそうだ。いや、僕自身、2年前にこのようなwebセミナーに出会っていたら、そう言っていただろう。しかし、地方にいるからこそ感じるが、都市部の有名な先生方の間や御社中においてはいまいち実感が沸かないであろう三曲界の衰退の実際を、ここ数年で嫌という程痛感してきた。本当にもはや、「待った無し」の状態なのだ。「軽々しくバラしてはならぬ」とかいうレベルではなく、「少しでも興味を持った人に、一人でも多く入門してもらわないと、本当に衰退してしまう」という状態なのである。このwebセミナーの真の目的は、「裾野を広げて、三曲人口の増加に貢献すること」にある。もしこの動画を見て「琴古流尺八って、素晴らしい!」「本格的にやってみたい!」と思っていただいた方、ぜひお師匠を探し入門して、直接の伝授を受けて下さい。この動画が、そうした人を一人でも生むことができたなら、心からうれしいです!

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